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「映画」のバックナンバー

「菊治と冬香の部分、だれにでもある」――映画『愛の流刑地』寺島しのぶさんインタビュー

 日本経済新聞の連載小説を映画化した『愛の流刑地』が完成した。「おとなの男女の究極の純愛」という原作のテーマを、美しい映像で再現した力作だ。劇場一般公開は年明けの1月13日。映画初のメガホンを取った鶴橋康夫監督と、原作者である渡辺淳一氏、さらに、愛する男の手にかけられる女を演じる寺島しのぶさんの3人に、映画の見どころを聞いた。

◇   ◇   ◇

――原作のテーマは「おとなの究極の純愛」です。演じる上で気をつけた点は何ですか。

 原作が大ブームを巻き起こした日経新聞連載の渡辺淳一さんの小説ですから、それを踏まえた鶴橋監督の脚本に従おうと思いました。セックスの描写だけでなく、男女の人間関係とか、様々な人間の群像が盛り込まれていると思います。脚本がものすごく良かったので、それに沿って精一杯やっていけば大丈夫でした。

 ただ、最後は首を絞めさせるという究極のものですから、リアリティはもちろん必要ですけど、2人の愛は純愛だった、ということを伝える上でも、やはり清く撮ってもらいたかった。監督もその点にすごくこだわりを持っていらっしゃいましたから、監督の意向に素直に応じる姿勢で撮影に臨みました。

 ――これも原作の1つのテーマでしたが、「虚無と熱情」という男女の性差をどう解釈して冬香を演じましたか。

 女性として冬香の思いは分からないではないですね。この映画のポスター(写真左)がまさに、「虚無と熱情」の象徴です。一度、昇り詰めて果てた後、男は眠りに入り、女は何度も受け入れられる。女性のほうが強くて潔い、という気が改めてします。

 ――映画の最後のほうで「後悔はしない」という言葉を母に残して、菊治の元に去っていく冬香のシーンがあります。このシーンも女性ならではの強さ、という意味で印象的でした。

「女性には強さ、潔さ、雄雄しさがある」

 冬香は菊治と出会って、何回も逢瀬を交わしている間はものすごく受け身の人間でした。いろんなことを我慢して、自分のことは菊治に一度も相談したことがありません。ただ、いざ死ぬと決めたときの潔さ。女はものすごく強いって思いますね。今まで受身だったのが、最後に業を通しました。(冬香の出身地である)富山の女は静かですが、実は芯が強い、というセリフがありますが、そこもわかる気がしますし、女性は全体的に潔さや雄雄しさがあるんだと思いますね。

 ――子供や夫を失ってまで菊治の元に走っていく。そこまで冬香を突き動かしたものは何だったのでしょうか。

 愛しちゃったんでしょうね。それが女の業、絶対に菊治を離したくないという。人間って頭だけで考えては行動できないな、って自分に置き換えても思います。頭で「これはいけない、あれはいけない」と分かっていても、足は違うほうに動き出していることがあります。それが本能で、本能が理性に勝ってしまう。

 だから冬香も理屈ではなく、菊治のことをものすごく愛してしまったんでしょうね。それがなかったら、きっと子供のことを考えていたでしょうし。菊治のことしか見えなくなっていき、視野が狭くなっていった。冬香は不器用だったんでしょうね。私は女性として分かる気がします。

愛する男の「最後の女性」になりたい願望

 ――愛する男性の「最後の女性」になりたい願望は、女性共通のものですか。

 あるでしょうね。男性も同じではないですか。次の出会いこそ本物だ、って思うのは男女ともにあると思います。

 この前、(共演した)豊川悦司さんとも話したのですが、「女性のほうが、自分のおなかの中で子供を育てたり、生むことができたり、いろんな面で男性よりも『いのち』と直結している。死んでもいい、って女が思えるのはそんなこととも関連があるのかもしれないね」って。そうした男女の性の違いも大きい気がしますね。男性は夢を見たいとか、ロマンチスト。

 女性のほうが生命力は強い。女性のほうが長生きですし。

 ――「男女の究極の純愛」。映画では不倫の設定でした。夫婦間ではありえますか。

 永遠のラブラブ、夫婦間でもあると思いますよ。私の周りにもすごく仲がいいご夫婦はいらっしゃいます。

 ――ポスターのキャッチにもなっています「もうだれにもさわらせない」という思い、菊治と冬香共通のものですか。

 そうです。言葉を換えると「最後の女」になりたい、ってことです。私はすごくこの思いが分かりますね。残されたものにはすごく過酷ですが、一番欲しいものを独占したい、という気持ち、愛が深ければ深いだけ「だれにもさわらせない」という思いはあると思います。

 友人とも話すのですが、愛する人よりも、もし自分が先に死んだとき、その愛する人が新しい女性を求めたら私は嫌だなって。確かに、本当に相手のことを愛しているのなら、ほかの人を探して幸せを求めて欲しい、という選択もあると思いますが……。

 もし私が愛する人よりも先に死んでしまって、その人に新しい好きな人が出来たら、きっと背後霊になって見ていますね(笑)。

 ――頭で判断することと本能、どちらが大事だと思いますか。

 本能ですね。私は本能で生きている人間です。動物だね、って鶴橋監督にも言われました。母にも「頭で考えてからモノを言いなさい」ってよく叱られるんですけど。何かを感じてそれを信じて生きています。

 ――女優さんにとって、そういう生き方は大事ですか。

 頭で考えることも大事ですけどね(笑)。豊川さんから指摘されたのですが、「キミは崖っぷちに立ったとき、下を見ないで飛ぶタイプ。そして、落下しながら、藁をつかもうとせず、藁をつかまなかったらどうなるだろう、って楽しむに違いないよ」って。監督も私のことを「考える前に飛ぶ」っておっしゃっていました。これでいいのかな、って自分でも時々思いますけどね(笑)。

「冬香のことで理解できない点はなかった」

 でも、感じたままに動ける、っていうのはこの仕事だからだと思います。その場で生まれるもの、ってすごく大切です。頭で考えても、たいしたことできないんですよ。「豊川さん、こんなふうに動いてくれればいいな」って仮に考えても、その思いを相手は知らないわけですから。相手あってのもので、相手の動きとぴったり合えばいいし、合わなければ修正する。それって自分の本能に任せて動かないとできないことですから。あまり頭でっかちに考えても何事もうまくいかないですね。

 そういう意味で冬香のことで、「私自身は理解できないな」という点は1つもありませんでした。脚本で「首を絞めて、殺して」ってせりふを見たとき、「自分が果たして言えるかな」って思ったのですが、いざ撮影に入ったら何の迷いもなかったですね。これは自分でもびっくりしました。絶頂に達したら言えてしまうんだな、って。

 たぶん、豊川さんにも菊治っぽさがあるし、私にも冬香っぽさがある。ありとあらゆる人はすべて、心の中に菊治と冬香の部分を持っていると思います。少ないか多いかの違いで、私にはその冬香の部分がたくさんあるな、って実感します。

 ――この映画をどんな人に見てもらいたいですか。 

 男女の映画ですからね。女性向けの作品ってよく言われますが、私は男性にも見てもらいたい。

 日経新聞の連載を毎日愛読していた読者の方々に、この映画を見てどう思ったのか、感想をぜひ聞いてみたいですね。物足りなかったのか、満足したのか。

 でも男性はこの映画を見ると、「女性って怖いな」って印象を改めて持つかもしれませんね(笑)。

 ――映画の冬香は、寺島さんが冬香を演じただけなのか、それとも寺島さんご自身が本能をさらけ出したのか、どちらですか。

 それは教えられませんね(笑)。

 ――性愛のシーンで監督の演技指導は多かったですか。

 ほとんどないです。見守ってくださいました。首を絞められるシーンも豊川さんとのオリジナルバージョンで作りました。

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