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京の噺家 桂米二でございます 第159回
百年目
<写真を拡大>番頭が店を出たところで、太鼓持ちの繁八が声をかけてきます。「もうし、次(つぎ)さん」(深川江戸資料館にて) |
そろそろ世間は衣替えの時期ですね。このコラムも今回からちょっと衣替えをいたします。第159回でリニューアルです。中途半端やねえ……。
今まではそのときの気分でいろんなことを羅列してきましたが、これからは基本的に上方落語の演目にテーマを絞って書き進めて行くことにいたします。つまり、上方落語を学術的に解説……とまでは行きませんが、落語そのものについてお話ができたらと思っております。しかし、私のことですから、どこへ脱線するやらまったくわかりません。長い文章のときもあれば、「もうおしまい?」と思うほど短いこともあるでしょう。そこのところは目を瞑っていただくということでどうぞよろしく。
歌舞伎や文楽ではお馴染みの「寺子屋」。これは「菅原伝授手習鑑」という長いお芝居の一幕ですが、菅丞相(菅原道真)の弟子である武部源蔵の有名なセリフに「せまじきものは宮仕え」というのがあります。
今の世の中でいえばサラリーマンも宮仕えでしょう。公務員や学校の先生、それに病院勤めのお医者さんなど、組織の中で働く人はみんな宮仕えと言えるかもしれませんね。
以前、高校時代の担任の先生が教頭になられたときにお会いしましたが、そのときにおっしゃってたことが忘れられません。
「教頭というても、やってることは使い走りとか苦情処理係みたいなことばっかりや。ま、便利屋みたいなもんやな」
教頭先生というても宮仕えなんや、と思ったことがありました。その後、先生は校長になってから退職されましたが、やっぱりいろんな立場でいろんなことを経験する、それが上のポストに立ったときに役立つんでしょうね。
落語の中にも番頭さんが思わず「せまじきものは宮仕え」とつぶやく噺があります。「百年目」です。この噺、数ある上方落語の中でも大ネタ中の大ネタと言われています。とにかく演じるほうにとっては難しい噺なんです。どれくらい難しいかと言いますと、人間国宝、桂米朝が「一番難しい落語は、まあ、百年目です」というほど難しいのです。この「まあ」と一言付いているのが微妙ですねえ。これは「他にも難しい噺はたくさんあるけど中でも、まあ」ということなんでしょう。師匠、違います?
![]() 桂米二(かつら・よねじ) 1957年生まれの乙女座。京都に生まれ育ち、高校卒業後の1976年に桂米朝に入門。 面白くてリズム感あふれる落語を目指し、「上方落語の正統派」と呼ばれることに誇りを感じる一方、環境問題を題材にした「エコロジー落語」や妊婦さん向けの「胎教落語」などにも挑戦している。特技は鼓、義太夫、家事全般。エリック・クラプトンの熱狂的ファン。 |
舞台は大阪船場のご大家(たいけ)。かなり大きな店です。奉公人も大勢います。奉公人というのは今の店員とは違います。住み込みで商いの道を教えてもらいながら働くのです。ですから丁稚の間は食べさせてもらうだけで無給です。
主人公はこの店の番頭で名前を次兵衛と言います。この番頭は12の年から長年奉公して別家、のれん分けを間近に控えていますが、まだ店に住み込みです。落語にはよく番頭さんが出てきますが、たいてい名前まではわかりません。単に番頭さんと呼ばれている人ばかりです。次兵衛と名前がはっきりわかっているだけでも、珍しく素性正しき人物と言えましょう。ところが、このお店のほうは大家というだけで、何を扱っているのかもわからないし、お店の屋号、名前も出てまいりません。こういうところが落語なんです。
この番頭さん、固い男として通っています。店の若い奉公人にとっては煙たい存在なんです。今日も若い者に次から次へと小言を言い、
「こんな連中に任せといたらお得意さんはどうなってしまうやわからん。今からお得意回りをしてきます」
と言って店を出ます。
店を出たところで声をかけてくるのが幇間、太鼓持ちの繁八。実はこれから馴染みの芸妓連中と船に乗って桜の宮へ花見に行くのです。固い男でもなんでもない。隠れ遊びをしていたのです。店の者に小言を言ったのは出かけるきっかけをつくるためだったのですね。
しかし隠れ遊びですから、人に見られないよう桜の宮へ着いても船から上がらず用心をしています。ところが幇間にそそのかされ、酒の酔いも手伝って、扇子で顔を隠しながらとうとう船から上がり、「越後獅子」の踊りまで踊ってしまいます。
拍子の悪いことに同じように花見に来ていた店の親旦那と鉢合わせ。よりによって一番会いたくない人に会ってしまったのです。
「これはこれは旦さんでございますか。長々ご無沙汰をしております。承りますとお店もご繁盛やそうで」
「これ、番頭どん。何を言うのやいな」
とんでもない挨拶をしてあわてて店へ帰ると、気分が悪いと言って自分の部屋で寝てしまいます。お茶屋遊びが旦那にばれてしまったので、クビになるのではと、夜逃げまで考えつつ一夜を過ごすことになります。
<写真を拡大>顔の前へ扇子をくくり付けて、「これなら顔がわからない」と船から上がって踊ります。そこへ店の親旦那とバッタリ出くわすのです(深川江戸資料館にて) |
夜が明けると、いても立ってもいられない番頭は飛び起きて、いきなり表の掃除をしたり水をまいたり、丁稚の仕事を先にやってしまいます。
「番頭さん、それはわたいの仕事です。箒をこっち貸しとくなはれ」
「かまへんかまへん。お前は帳場に座っとり」
「そんなことができますかいな」
店も落ち着いた頃、とうとう旦那から呼び出しです。頭ごなしに叱られると思いのほか、穏やかな旦那はこの間、聴いてきたというお説教の話をしてくれます。
天竺に赤栴檀(しゃくせんだん)という立派な大木があって、その根元に難莚草(なんえんそう)という汚い草が生えている。見苦しいので難莚草をむしり取ってしまうと赤栴檀が枯れてしまう。難莚草が栄えては枯れるのが赤栴檀にとっては肥やしとなり、また赤栴檀が下ろす露が難莚草に肥やしとなる。つまりお互いに助け合って生きている。この赤栴檀のダンと難莚草のナンをとってダンナン、旦那の語源になった。
「番頭どん、これに習うて難莚草である店の若い連中にもうちょっと露を下ろしてやってくだされ」
番頭を優しく諭します。
「ところで番頭どん、昨日はお楽しみじゃったなあ」
「あれはお得意さんのお供でございます」
必死で弁解する番頭ですが、旦那のほうは落ち着いたものです。
「おまはん、不器用やったのにいつの間にあんな器用なことができるようになったんや。帳面も調べたが、金を使い込んで穴を開けたわけやなし、これからももっと派手にやんなはれや。……しかし、昨日はなんで久しぶりに会うたようなおかしな挨拶をしたんや」
「あんなところを見られたので、もう百年目やと思いました」
<写真を拡大>番頭が芸妓連中と船に乗り込んだのは東横堀にかかる高麗橋の近く。ここは今、上を阪神高速道路が通っていて、まったく風情がなくなってしまいました |
名作中の名作です。私も大好きな噺です。東京落語でも「百年目」をやる人はあります。私は三遊亭圓生師匠と古今亭志ん朝師匠のCDで聴いたことがあるだけですが……。東京の「百年目」ももちろんすばらしいと思いますが、上方の演出でははめものを使います。番頭が踊りを踊る「越後獅子」のお囃子が生演奏で入るわけです。この華やかさは上方のほうがずっといいと思いますよ。
しかし、サゲはあまりよくありません。百年目というのは敵討ちで使う「ここで会うたが百年目」です。運が尽きたという意味と、百年目ならば久しぶり、久しぶりだから「ご無沙汰してます」と言ったというのがサゲになっているのです。
たしかに難しい噺です。前半、番頭が店の者に小言を言うところから、船に乗って芸妓連中からちやほやされながらも「せまじきものは宮仕え」とつぶやくところ、布団に入ってクビになるかとやきもきするところ、最後の旦那の説教まで、息をつく間がなくしんどくて難しい落語ですが、逆に言うとやりがいのある噺なんです。
この番頭の次兵衛という男。年齢は30代半ばくらいでしょうか。隠れ遊びはしていますが、ばれるのが怖い小心者です。遊びに行くのには店の木綿の着物ではなく、駄菓子屋の二階に箪笥が預けてあって、そこで立派な結城の着物に着替えます。
「おばん、邪魔するで」
店番しているおばあさんに声をかけて二階へ上がります。ギシギシギシギシ……。
階段を上がるのをトントントントンと言わず、ギシギシギシギシと表現します。これでこの古びた、少し傾いたような駄菓子屋の光景が手に取るようにわかります。落語の中のこういう表現は大事ですねえ。これはうちの師匠の工夫なんです。以前、「これは師匠の工夫ですか?」と質問したら、ちょっとうれしそうに「そうや」と言うてくれました。うちの師匠の「百年目」ももちろん先人から受け継いだものですが、そこかしこに米朝流の細かい工夫が入っているはずです。しかし、我々弟子はそこまで気がつかずにやっていることが多いのです。
<写真を拡大>今年3月、五代目米團治襲名披露の船乗り込みでも桜の宮を通りました。花は少しだけ咲いていました。番頭はこの辺りで船から上がったのでしょうか? |
ところで、この番頭のお茶屋遊びの資金はどこから出ているのでしょう? もちろん大家の番頭ですから、給金自体もたくさんもらっていると思います。今の大会社で言えば常務とか専務とかの取締役でしょう。この人たちがキタの新地で落とす金額と言えば……。ですから元々多くもらっていたはずです。
ただ、後ろめたさを感じながら遊んでいます。これは番頭が自分で勝手に商いをして儲けていたのだと思います。店として商いをするのではなく、番頭個人が自分の給金の中から元手を作り別に商売をしたのでしょう。それで稼いでお茶屋遊びに使ったのです。ですから店の金を使い込んだわけではありませんが、旦那に内緒でできたお金を使っている……。というのが、こそこそ遊ぶことにつながったと考えています。
しかし、長年にわたって店に住み込んで、外出するのもお酒を飲むのも気兼ねしながらの生活です。どこかで発散したいと思う番頭の気持ち、私ども米朝一門の噺家は痛いほどわかります。昔はみんな3年間の内弟子生活を送っていましたから。
夜中、師匠の家の塀を乗り越えて食べに行ったラーメンの美味かったこと。ラーメンを食べた帰り、塀を乗り越えて家へ入るところを警官に見つかった不運な兄弟子もいましたが……。
旦那がお説教で聴いてきた「ダンナン」の話、本当に仏教から出ているのでしょうか? 似たような話があるのかもしれませんが、我々の先輩である噺家の作り話で真っ赤なウソだと聞いたことがあります。でもいい話です。落語を元にお説教ができるのではないか思います。あ、ひょっとしたら、もう誰か使っているかもしれませんねえ。
私は後半のここからが大好きなんです。旦那の人物としての大きさがよく表れています。そして当時の主人と奉公人の間の絆まで感じることができます。番頭が丁稚だった頃の思い出話にこんなところがあります。
「おまはん、子どもの時分は不器用な子やったで。二桁の寄せ算覚えるのに半年もかかった。二つ用事を言いつけたら一つは必ず忘れる。買い物にやったらつり銭落として泣いて帰ってくる。世にも不器用な子どもやったのに、昨日の踊りの手つきの器用なこと……」
<写真を拡大>花は少しだけ |
初めてこの落語を聴いたのはうちの師匠のレコードでした。高校1年生のときだったでしょう。この「泣いて帰ってくる」のところで、丁稚が泣きながら走ってくる姿がパッと目に浮かびました。その瞬間、涙がポロポロッとあふれたのを今でもはっきり覚えています。落語って笑うだけやと思てたのに泣かされた。落語に対する認識を新たにしたそのきっかけになったのがこの「百年目」なのです。
当時はうちの師匠のほかにはやる人がほとんどなかった落語です。私も師匠でしか聴いたことがなかったのですが、やってみたいという気がむくむくと起こってきました。ことに「泣いて帰ってくる」のところが……。
そんなときに大阪北浜のコスモ証券ホールで、初めての独演会を米朝事務所主催で開いてもらえることになりました。桂米二、30歳になったばかりでした。北浜といえば船場の一角で「百年目」の舞台になっているお店のごく近所です。この独演会で「百年目」をやりたいと思ったのです。でもこの噺、一門の兄弟子はまだ誰もやっていません。
うちの師匠に相談したら「かまへん。やりなさい」と言うてくれましたが、米朝事務所からは反対されました。それでも私は押し切ってやらせてもらうことにしました。へんに自信があったのですね。何度も聴いてほとんど覚えていたということもありました。
稽古に行き、うちの師匠の前でやらせてもらいました。最後までやり終えたとき、「よう覚えた」と、まず言うてくれました。これ誉め言葉なんですよ。細かいところは直してくれましたが、ま、これでOKが出たわけです。
さて独演会の本番になりました。まず番頭が店の者に小言を言うのがしんどい。言葉はかんでしまうし、お客さまはついてきてくれているように思えない。体が宙に浮いてる気がして、大ネタ「百年目」に負けたと思いました。
それからは開き直りです。師匠からはOKをもらってるんだから、やるだけのことはやってみようと続けました。受けようとか笑わそうとか思わずに、無心になって淡々としゃべりました。それがよかったのでしょう。後半になると思ってた以上に客席は笑い声に包まれたのでした。でもへとへと……。
この会にずっと力を入れてくれた兄弟子の枝雀師匠、客席にいたSF作家のかんべむさし先生から「よかった」というお言葉をいただき、胸をなで下ろしたのでした。それから約20年、お花見の噺なので年中やるわけにはいきませんが、もう50回近くやらせてもらっています。今はたくさんの噺家がこの「百年目」をやりますが、私は米朝の弟子の中で最初にやったということに、ちょっとだけ誇りを感じています。
この「百年目」、次は6月8日(月)午後6時半開演の「京の噺家桂米二でございます@天満天神繁昌亭」でやらせてもらいます。お客さまにも私の誇りを感じてもらえたら、それはもう最高ですね。
(09年5月29日)
ここでちょっと落語会&狂言会の宣伝を…
桂米二スペシャル落語会/東京・国立能楽堂2F研修能舞台(和室) JR中央線・総武線「千駄ヶ谷」徒歩5分 TEL 03-3423-1331 地下鉄大江戸線「国立競技場」A4出口徒歩5分 |
前売・予約¥2,500 当日¥3,000 主催:童司カンパニー 発売中 チケットぴあ TEL 0570-02-9999 Pコード 394-468 お問い合せ TEL 06-6365-8281 米朝事務所 または TEL & FAX 03-3412-2585 yasu66@my.email.ne.jp 米朝事務所東京 http://www.ntj.jac.go.jp/nou/index.html 27日(土)狂言タンポポ会で「鬼瓦」の大名をやらせてもらいますが、その前日に千之丞先生プロデュースで2階研修能舞台にて落語会を開くことになりました。正面の門を入らずに向かって左手の事務所入口からお入りください。 |
茂山千之丞社中タンポポ会 狂言の会/国立能楽堂(椅子席) JR中央線・総武線「千駄ヶ谷」徒歩5分 TEL 03-3423-1331 地下鉄大江戸線「国立競技場」A4出口徒歩5分 |
http://www.ntj.jac.go.jp/nou/index.html 今年の狂言は東京のみです。整理券無しでも入場できますが「米二からの紹介」と大声で叫んでからご入場ください。 米朝事務所:http://www.beicho.co.jp/ ブログ「ジーやんの拍子の悪い日々」:http://echoo.yubitoma.or.jp/weblog/g-yan_g-yan/、 http://jeeyan.at.webry.info/ |
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