第11回

 メロンパンとサンライズ(その3)


久留米には全国唯一といわれるうなぎ専門屋台もある

 焼き鳥店の数が人口比で日本一であることが発覚してしまった福岡県久留米市でいよいよ焼き鳥をテコにした地域おこしの動きが活発になってきた。去る6月に「久留米焼き鳥日本一宣言」を発したのに続き、9月4、5の両日には市内にできた多目的スペースを使った「焼き鳥フェスタ」開催に至ったのである。会場は「六角堂広場」といってそばに各地のラーメン、中国麺の店が出店している。ここから焼き鳥の煙がもうもうと上がったというのは実に象徴的であった。

 久留米はとんこつラーメン発祥の地である。ほんでもって焼き鳥日本一である。これが車の両輪にならなければならない。食べ物による地域おこしに力を入れているところは多いが、恐らくテーマとなる食べ物がふたつあるのは久留米だけではないかと思う。昼にラーメンを食べにきた客に夕方から焼き鳥を食ってもらい酒を飲んでもらい酔っ払ってもらい深夜またラーメンを食べてもらい帰るのがいやになってもらい泊まってもらおうという、姑息かつ壮大な計画なのである。

 イベントには久留米の馬ホルモンを含む焼き鳥店10店と愛媛県今治市から鉄板焼き鳥の店1店が出店したほか、この日に合わせ地元の酒造メーカーが開発した「焼き鳥に合う日本酒」が披露された。今は新酒ができる時期ではないので開発というのがどういう意味かよくわからないが、ともかくいいのである。でもイベント自体がどんな雰囲気だったのかは不明である。なぜ不明であるかというとまだ開かれていないのである。このサイトの更新日が9月6日。イベントは4、5日。私がこれを書いているのが3日。早い話が私は原稿を急いで仕上げ、それから飛行機に乗ってイベントに参加するのである。

 従って報告は次週ということになる。ときどき所在不明になるデジカメはついに壊れ、後先考えずに急きょ320万画素というやつを買った。そのカメラでとらえた焼き鳥の煙をご覧に入れたいと思っている。

ご意見 一応テーマが決まっているにもかかわらずあっちへフラフラこっちへフラフラと話が多岐にわたるので(何事もコツコツ地道な富山県人としては)こんなことで目的地にたどり着けるのかとちょっと不安になりながら読んでいます。いつも着いたのかどうかハッキリしないまま次回に続きますよね、そこも好きなんですが…(お名前出していいかどうかわかりません)


 というような感想をお持ちの読者もいらっしゃるようだが、そーなんです、私もそう思うんです。あっちへフラフラこっちへフラフラしているのである。皆さんのメールが面白いから、つい「ばばへら」方面とかに行ってしまうのである。「今回は名古屋ねたがなくてつまらなかった」などというメールが来るから名古屋に出張するのである。「デスクの乱入を楽しみにしています」なんてメールが届くからデスクが、にんまりして踊り出したりするのである。仕方ないのである。

ご意見 次回からメロンパンがテーマになると読んでから絶対、必ず話題になると思っていたのに、いまだに話に出てこないので(なぜかばばへらに話題が移ってしまい、このままではばばへら一色になると危ぐして)思わずメールしてしまいました。
 五木寛之氏のエッセー集「ゴキブリの歌」の中の“メロンパン筆福事件”。当時(昭和50年代後半)、ここ富山ではメロンパンは一般的ではなく 少なくともスーパーに袋入りでおいてあるようなことはありませんでした。当然私も食べたことはなく、文庫本を読んでどんな味なんだろうと想像を膨らませたものです。その後東京の大学に進学したので初めてメロンパンを食べたのが東京だったか富山だったか思い出せないのですが、一時期菓子パンといえばメロンパンばかり食べていたのは覚えています。私にとってメロンパン=文学の香りだったんですね、ウブだったな〜
 私が食べたメロンパンは丸くて中には何も入っていませんでした。表面がメッシュなのとそうでないのがありましたよ。文学から入ったせいか、味も外見もちっともメロンらしくないのが疑問でした。サンライズというパンは全く記憶がありません。そういう名前で売っていたとしても「あっメロンパンだ」と思って買ったと思います(フラフラメールの続きです)

ご意見 いま連載中の朝日新聞のコラムなどに五木寛之氏が「講演にでかけたら地元の方からメロンパンを頂戴した」といったことを時々書かれます。なんで地元の人が五木氏にメロンパンを差し上げたりするかというと、少し本を読むような人にとって五木氏がメロンパンを好物としていることはよく知られたことだからなのですね。また私の知る限り、メロンパンを好きだと公言している有名人でもっとも御年配なのは五木寛之氏だろうと思います。氏は九州、北陸、関東など各地に住まわれた経験があることもあって、元々のメロンパンがどんな物だったかについてお尋ねするには最適なお方ではなかろうかと思うのです。できれば現物持参で五木氏にインタビューをして、ほんの少しで結構ですから「若くはない世代にとってメロンパンとは何か」ということも紹介していただけませんでしょうか(横浜の江分利万作さん)

野瀬お答え 一応、五木先生がメロンパンというテーマでインタビューに応じてくださるかどうか打診してみます……が。あ、それと今週も「ばばへら」やります。


 各地からの声。フラフラしながらも整理のために列挙する。

ご意見 生まれも育ちも名古屋の私は「サンライズ」なるパンは聞いたことも見たこともありません。「メロンパン」は「メロンパン」以外の何者でもなく、うす緑色のクッキー生地がのった円形のパンであり、断じてあんは入っていない!!のであります(ちなみに三重県人の夫もそう言っています)。
 また今回話題に出ていた「小倉サンド」については……正しくは「小倉ネオマーガリン」。細長いパンに、あんことマーガリンが仲良く挟まっております。「ネオマーガリン」は……小さいころから当たり前にあるものでしたし、今では全国チェーンのコンビニにも必ずあります。他県からご訪問の方、ぜひ試してみて下さい。きっと病みつきですって(栗猫さん)

野瀬整理 名古屋は非サンライズ圏か。「小倉ネオマーガリン」ね。酒の肴にはならんだろうなと。

ご意見 私の周りではサンライズなるものを聞いたことはありません。多分、三林さん同様に大阪ではサンライズという表現はないようです……家内の話だと、メロンパンとサンライズは違うとのこと。メロンパンはパン生地の上にクッキーの生地をのせて焼きますが、パンのふくらみとクッキー生地の伸びが違うのでクッキー生地に切れ目をわざわざ入れておくため、表面に格子模様が入るとのこと。普通はメロンエッセンスを入れてメロンのような香りを少し出すのだそうです。表面カリカリ(ボソボソ)、中ふんわりのなぞが解けました。……知らなかった(箕面のKONちゃんさん)

野瀬整理 大阪も非サンライズ圏らしい。切れ目の話は面白かったと。

ご意見 メロンパンのことを京都生まれのダンナに話していたら「京都のメロンパンはチキンライスの型にはめたようなやつや。スーパーに売ってるメロンパンはサンライズ!」と言い切ってます。ネットでさがしてみたら、あのメロンパンを調べてる人がいはりました。やっぱり、「京都のメロンパンの形が違う」ということから調べたらしいです。
 懐かしい〜。あの元祖メロンパンは神戸やのうて、京都発なんでしょうか?(大阪生まれ滋賀県在住うずら40代♀さん)

デスク補足 興味がある方は検索エンジンで調べてみて下さいね。キーワードをメロンパン大研究とかにしてやってみると、色々面白いものが見られるかもしれません。

野瀬整理 京都には多分、白あん入りでだ円形(チキンライス型? オムライス型?)のメロンパンが存在する。だから全国型円形メロンパンをサンライズと呼んで区別すると。

ご意見 メロンパンについて大正12年生まれの父に確かめてみました。父の小学生時代の話ですが、メロンパンには確かに白あんが入っていたそうです。当時の大阪ではあんパンの木村屋と「マルキのパン屋」(片仮名のキを○で囲ったパン屋)が双へきで、大阪では「○キ」のほうが評判だったようです。「メロンパンは○キやなかったかな?」と申しております。ちなみに母親が心斎橋に出かけた時の「○キのハムパン」(5銭)の土産がおいしく、楽しみだったそうです。この「○キ」は四ツ橋の交差点北東角にあった電気科学館よりもやや北側に本店があったそうです。
 昭和20年代後半−30年代前半ごろの大阪のメロンパンは、パン生地にビスケット生地をのせ、スケッパ−でダイヤ形に切れ込みを入れて焼いたものです。マスクメロンの網目をイメ−ジした模様だそうです。当時パン屋をしていた菓子業界の先輩に確かめたのですが、店ごとに表面のパリパリ感が長持ちするように工夫を凝らしたり、ワニラ油(バニラの合成香料)を加えて風味付けをしたりしたそうです。昭和40年ごろでしょうか、消費者運動が盛んになり始めたころに「メロンの香りも付けていないのに、メロンパンの表記をするのはおかしい」と公正取引委員会からクレ−ムがあり、パン業界が困っていたのを記憶しています(豊下製菓の豊下さん)

野瀬感謝 さすが専門家です。貴重な情報をありがとうございました。これで昭和の初めの大阪に白あん入りメロンパンが存在したことがわかりました。そして、戦後にビスケット生地をのせた現在のメロンパンが出現し、白あん入りは大阪から姿を消したこともうかがえます。豊下さんのメールには続報があります。昭和30年前後の話。初めて食べたメロンパンにはカスタードクリームと思われるものが入っていたのに、次に食べたときには何も入っていなかったそうです。このことはメロンパンの形状は変わったものの、戦前の白あんの記憶が残っていたせいかクリームが入っている時期があったことを示しているようです。それがやがて現在の何も入っていないタイプになったのが昭和30年代だった可能性が浮上してきました。


 ご期待に応えて、これからしばらくフラフラする。

ご意見 うちの嫁(大阪府出身)が言うには「中に白あんの入っているメロンパンは、『生協のメロンパン』と言って普通のメロンパンと区別している」とのことでした……「神戸ハイカラメロンパン」というのがそうらしいです……私も大阪に住んでいた時期は、近所のスーパーでこの白あん入り「メロンパン」を買って食べたような気がします。そういえば、現在住んでいる富山では見たことがありません(富山のケロリンさん)

野瀬註 やはり商品名に「神戸」とありますね。ここがポイントでしょうか。

ご意見 沖縄の菓子パンといえば、なにはともあれ、ひたすらひたすら「ゼブラパン」です。その名の通り、断面が薄地のクリーム(多分ピーナッツクリーム)と薄地のスポンジ(多分スポンジ。かなり黒い)で細かくシマウマのシマシマ状になってます。一度食べて即はまりました(沖縄在住名古屋人さん)

野瀬 そうですか。

ご意見 群馬県に出没する「おやまパン」なるものが不思議です。どうやら「甘食」らしいのですが、カミサン(群馬県出身)は「おやまパン」と言い張っています。形が女のヒト……ではなく、お山の形というだけです(栃木のカズボボさん)

野瀬 そうなんですか。
ご意見 帽子の形をしたパンが、恐らく高知周辺だけで売られているようです。しかも、高知の皆さんには非常に身近な食べ物だそうです。残念ながら食べたことはないのですが、帽子のつばの部分がカステラ生地のようになっていて、その上に?普通の菓子パンがのっかっている感じのようです(東京のミルフォードさん)

野瀬 山の後が帽子。その前はシマウマでした。
ご意見 食パンを台湾語でも「しょっぱん」と言います。日本占拠時代(台湾で統治時代をこう表現する)のなごりです。トマトもマを強く発音し「とマと」と言います(匿名希望さん)

野瀬 へえ、知りませんでした。
ご意見 メロンパンネタを読みながら、心の中で日本の「お菓子ホームシック」と格闘している英国在住の主婦です。ロンドンの中華街の中に、私お気に入りの「菓子パン屋」があります。もちろん中国の方が経営されているお店ですが、狭い店内には日本でよくみた茶色い皮で覆われた菓子パン、中国のお菓子らしきもの、お餅を使ったお菓子などが販売されています。店内に入ると、それはそれはなんだかほっとする瞬間です。
 そこでいつだったか「メロンパン」が販売されていました。でも、私の記憶の中にある白いメロンパンではなく、ふつうの茶色い皮で覆われたパンでした。あの焼きパンは中に何が隠されていて「メロンパン」と名のっていたのかとても気になるのですが、なにせロンドン在住でない私には今すぐ確認することはできません。
 次回中華街に行く機会があったらちょっと確認してきます。もちろんデジカメ付きで。ネタが時代遅れになってしまっても叱らないでください。万が一、China Townにおけるメロンパンの存在自体が私の気のせいだったら、殴ってやってください(ぷりん@英国南部在住さん)

野瀬註 叱りません。殴りません。英国南部まで殴りに行くお金がありません。
ご意見 やっと牛乳とミルメークの話ができる題材になりましたね。メロンパンと言えば、一緒に牛乳を飲む。牛乳と言えば、ミルメークです。(無理やりですか?)
 牛乳に何を混ぜて飲むか? 興味ありませんか。通常は何も入れずに、時には砂糖を入れて、きな粉もあった気がしますね。色々出てくる予感が……。
 私のお薦めはミルメークです。ご存知ですか? 牛乳に入れる[粉状のコーヒー牛乳の素]のことです。牛乳を一口飲んでからミルメークを入れ混ぜ混ぜすると甘いコーヒー牛乳の出来あがりです。このミルメークは、小学校時代の給食に月に1−2度牛乳に添えられていました。みんなから大人気でした。今35歳ですから約25年前の話ですが、忘れられない味ですね。社会人になり、チョットしたことからミルメークの話になり「イチゴ味」を飲んだという人がいたことに驚き、それから1時間ミルメーク談義に花を咲かせてしまいました(千葉の小林さん)

野瀬註 はっきり言って私は小学校の給食で脱脂粉乳を飲んだ世代です。脱脂粉乳ですよ。本物の牛乳さえ飲んでいなかったのです。ミルメークなんか知りません。ぐやじー。

デスク得意げ ミルメークは知りませんが、私は牛乳でした。へっへっへっ…。あっ!ここでミルメークは名古屋と深いつながりがあるという一報が…。次回続報!?

野瀬 デスクも牛乳だったの? ぐ、ぐやじー。
ご意見 私の亡き祖父はハイカラで洋食が大好きだったのですが、インスタント・コーヒーに砂糖と片栗粉を入れて、とろんとしたコーヒーを好んで飲んでいたことが思い出されます。これは、葛湯にヒントを得た祖父独自の発明なのでしょうか。それとも、こんなコーヒーの飲み方がはやったことがあったのでしょうか(ドイツ在住のグニッパさん)

野瀬註 ぐやじーので牛乳に何を入れるかではなくこういうメールで対抗してみました。参ったか!


 フラフラフラフラ。セミがミンミン。

ご意見 8/30の関東出身で広島へ引っ越して来られた方のコメントで子どもをどやしつけながら焼くお好み店のことが載っていましたが、ひょっとしたら広島弁のおしゃべりがそう感じさせているのかもしれません。広島のお好み店への偏見を皆さん持たないで下さい……ちなみにセミの話、聞いたことないですねー。冗談だと思いますよ。お話なさったご本人に確認なさるのが一番でしょう(広島市お好み大好きのぶちゃんさん)

野瀬註 私が昔通っていたラーメン店では、しょっちゅう店主夫婦がケンカしながら仕事をしておりました。客の目の前でケンカが展開するので、夫婦間の問題がいったい何であるのかばればれ。「ああ、だんなの方が悪いな」とか「でも奥さんも言い過ぎでは」などと社会勉強をしつつラーメンを食べておりました。
ご意見 休暇で日本に帰り京都にある有名なイノダコーヒーに行ったとき、メニューに「コールコーヒー」と正々堂々と書いてありました。実際に試してみたのですが紛れもない「アイスコーヒー」で、それに加えてさすが名店らしく大変美味でした。「コールコーヒー」は死語だと信じていたのですが、今なお現役で活躍しており感銘を受けた次第です(NY在住匿名希望さん)

野瀬註 正々堂々ですか。胸張ってましたか。コール君がんばれ。


 新潟のカツ丼情報を送ってくださったルマンさん。次回のテーマ直撃です。ご面倒ですが、テーマが変わったらもう一度詳しく教えてください。

 さて「ばばへら」である。であるが、もうここまでで相当な分量。まだエミー隊員のリポートも残っているので「ばばへら」は特設リングで展開する。

 サンライズねえちゃんことエミー隊員の実家は本州の西の端っこの方にある。「一応、市なんですけど、今度帰ってパン屋さんが一軒しかないことがわかりました」と言っていた。あそこ山の中だもんなあ。で、エミー隊員はその市内唯一のパン屋さんに乱入したのだが、彼女の言う「焼き場」、つまり売り場ではなく製造現場での取材は難航を極めたらしい。


焼きたてのサンライズがいっぱい

エミー隊員報告  同じ店舗にサンライズ&メロンパン……。今回は勇気をもって焼き場の人に聞いて見ました(場所は母の勤め先の近くのパン屋)。
エミー 「サンライズとメロンパンって、何が違うんですか」
焼き場のおばちゃん1  「焼き時間と発酵と上にのっている生地が違います」
エミー 「え、かなり違うじゃないですか。どこが違うんですか」
焼き場のおばちゃん2  「サンライズには切れ目(メロンの網目?)がないのよ」
焼き場のおばちゃん1  「いや、それは店によって違うだけよ」
エミー 「じゃあ、上にのっている生地は何でできているんでしょう」
焼き場のおばちゃん1  「どっちも小麦粉よ」
エミー 「……」
焼き場のおばちゃん1  「でも、サンライズのほうが焼く時間が10分くらい長いわね」
 ここまで聞いたところで「忙しいのよ」と追い返されました。ただ、作っている方からするとかなり厳密に区別しているらしいことがわかりました。以上


 前回はお店の女性に逃げられたが、今回はおばちゃん1及び2に追い返されてしまっていたのだった。ふるさとでサンライズがメロンパンに押しまくられていた事実に驚がくし、現場取材では「忙しいのよ」と言われ、サンライズねえちゃん最後まで苦戦。

(編集局文化部編集委員 野瀬泰申)

<特設リング> 「ばばへら」問題。ギャルへらも乱入。

ご意見 ばばへらの文字を見た瞬間、「うううっ、あー」とうなり声を上げてしまいました。当方、秋田市生まれ・育ち、京都で学生して、今は横浜に住んでいる29歳女性です。ばばへらアイスは確かに秋田市周辺にありました。小学校の運動会に来ていた記憶がありますし、ときどき遠出しても道路わきにかならずパラソル+おばあちゃん+パイプいす+アイスボックスの組み合わせでアイスを売っていました。
 コンビニなども滅多にない、右側は田んぼか山、左側は海、みたいなところで、そしてちょうど冷たいものでも欲しくなるようなタイミングによく見かけたような気がします。ほとんど全てのばばへらおばちゃんは、ひさしのついたほっかむり式の帽子をかぶっています。
 ばばへらアイスは、酒井さんが書かれているもの以外のバリエーションはありません。すべてクリーム色に赤い縞模様です。また、町内会のお祭りがあると、どこからかおばちゃん抜きの「ばばへらセット」がやってきて、近所の人がへらでアイスをすくって売ってくれました。
 あと、酒井さんは「あねへら」と書かれていますが、私の周りでは若い女の子がやっている場合は「ギャルへら」といってました。
 私が京都で大学生をしているころ、名古屋出身の人に「秋田って、『ばばへらアイス』があるんだろー」とからかわれました。そして「ばばへらセット」の移動形態もそのとき初めて名古屋の人に聞いたのです。それまで秋田以外の土地では見たことなかったものの、特殊なことだと思っていなかった私はかなり恥ずかしい思いをしたものです。別に恥ずかしいことではないのですけど、なんというか……名古屋のほうがあんかけスパゲッティだの小倉ネオサンドだの変な食べ物があるのに、名古屋の人に秋田を馬鹿にされたくないなあ、といまさら憤慨してしまうのでした。
 ばばへらは多分秋田以外ではない形態だと思うので、アンケートとったらきっと秋田県だけ真っ赤になった地図ができるんだろうなと考えたら、ちょっとくらくらしました。ばばへらを「問題」といわず、シャイな秋田県人をそっとしておいてあげてください(舞茸踊りさん)

野瀬註 このサイトにおける「問題」は「問題がある」とか「それは問題だ」の「問題」ではなく、ただの「問題」です。
ご意見 「ばばへら」問題も急浮上とのことで、初めてメールした次第です。といっても、地方色が強すぎて、メーンテーマにはならないと思うのですが、なんとか格上げしてください(と要望メールの嵐ではないかとワクワクしています)。
 自分は秋田出身でないのですが何度か食べたことがあり、今年の夏も食べました。なぜか大好きなのです。何社かあるようで、黄色一色のと赤と黄色の混ざったもの、それと数年前に1回しかであっていないのですが、青色のまざったものがあります(青色は私の周りの人は見たことがないと言っていましたが……)。2色のものは、赤色はイチゴ味、黄色はバナナ味です。それと、なぜか赤色の方が量が少ないのです。大体、黄色3に対し赤色2が大きな丸い缶の中に入っていて、これをへらでカップにもってくれます。
 周囲に何もない場所に出没?されているのです。トイレはどうしているのか、ついつい心配になります。やっぱ、直接聞けません。是非、新日本奇行秋田特派員を急行させてください。もうすぐ秋なので(早く行かないと)来年までわからなくなってしまいます(お名前ありません)

野瀬註 私も最初に考えたのは「ばばのトイレ問題でした」。この場合における「問題」は「問題はないのだろうか」という意味での「問題」です。
ご意見 ババヘラが乱入すると秋田県出身としては発言せざるを得ないです。私は秋田県の最北の町の出身ですが、そこでもババヘラは売っています。海岸沿いの国道(101号)を青森に向かって走っても見ることができます。「ババ」ではなくて高校生らしきお嬢さんが売っていることもあります。「オバコヘラ」とでも言うべきかも知れませんが、もともと(?)「ババヘラアイス」ですので、商品を指しているのであって、売っている人の年齢は関係ないのでしょう。男性が売っているのを見たことはありません。
 赤い色の混じったのは、最近のバージョンなのでしょう。なにしろ1種類しかないので、買う方には選択の余地はありません。昔買ったときは、ちょうどアイスクリン(「アイスクリン」も地域的なものでしょうか?)と同じく、脂肪分の少ないアイスクリームというか、シャーベットとの中間みたいなものでした(和歌山県在住あきたけんじんさん)

野瀬疑問 「ばばへら」ですか「ババヘラ」ですか? 県の条例かなんかでどう表記するか決まっていないんでしょうか。
ご意見 高知では全く同じ状況で「アイスクリン」を売っていました……国道のカーブ毎と言っても良いくらいの頻度で、おばさんが「アイスクリン」を売っていました。私は、北廻船ルートの一角である鳥取県米子市出身ですが、「ばばへら」形態のアイスクリーム屋さんは、高知で見るまでは知りませんでした(玉井さん)

野瀬註 あーあ、恐れていた高知の「アイスクリン」が出てきてしまいました。またフラフラしそう。

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