第1回

 ソースでてんぷら(その1)

 あれは何年前のことだったかなあ。大阪で地元メーカーが造っている一升瓶入りのソースを見たのは。

 それはウスターソースだった。口にいれてもこれといった特徴のない、普通のウスターソースだった。だが、そのソースを見た時から、私は生涯の疑問につきまとわれることになった。

大阪のソース売り場では地元のイカリソースのびんがずらりと並ぶ
  
スーパー店頭のソース売り場(福岡市・西鉄ストア レガネット天神)

 問題はラベルの写真だった。ふつうソース瓶のラベルにはコロッケやトンカツやエビフライやなんかの写真が載っているものである。「わかってると思うけど、こういうのにかけて食べてね」と訴えるのである。ソースと洋食系メニュー。その組み合わせが日本国民の暗黙の了解であり、声に出して読みたいソース関連の食べ物のはずである。だが、その大阪のソース瓶に描かれていたのは和食の雄、てんぷらだったのである。

 「てんぷらはソースかけて食べるのが一番でっせ」。ラベルはそう言っているのである。

 神戸のオリバーソースという会社は「だしソース うすウス」というソースを製造販売しているが、これについているレシピ集には「このソースでサバを煮るとおいしい煮付けができます」とあって、実際にその通り作ってみたら、あら不思議、本当にできてしまったことがある。

 どうも関西ではソース=洋食という図式にとらわれない傾向があるような気がするが、それにしても「エビやレンコンやサツマイモなんかのてんぷらにウスターソースをビタビタかけて食べたらどうなるのだろうか」という疑問が浮かんだのだった。そして自分自身の幼いころの食卓の風景を思い出して愕然とした。

 「オレって、確かに子供のころはソースでてんぷら食ってた。あちゃー」

 ちなみに私は九州は福岡県の出身であり、家庭の事情および高度経済成長が始まる前に幼年期を過ごしたという歴史的背景もあって「てんつゆ」というものの存在を知ったのは東京の大学に入った昭和45年以降という個人史を持っている。

名古屋では地元のコーミの1000ミリリットルボトルが定番商品(名古屋市東区のヤマナカ大曽根店)

 そんなこともあって「てんぷらをソースで食べる地域分布」を調べたいと思った。そして調べた。国内大手ソースメーカーに軒並み問い合わせ、ソースメーカーの各支店にアンケートを配り、マーケティング担当者にもインタビューを重ねた。そしてついにあるメーカーの担当者が個人的に「ソースでてんぷら」地域を調べていることがわかったのだった。

 これを見れば、近畿では半数近い人が「野菜と魚のてんぷらをソースで食べている」ことがはっきりする。私が見たてんぷらの写真を張ったソース瓶はこれで納得できるのである。さらに私が九州で「ソースでてんぷら」生活をしていたことも、4人に1人という少数派ながら何ら恥ずべきことではなかったことがわかる。実に貴重なデータである。

 これとは別に、関東以北は中濃、関西はトンカツソース、九州はウスターという具合に、主に好まれるソースに有意な地域差があることは過去の調査でわかっている。「日本ソース地図」というものもある。市販されていないし学校教材の地図帳にも記載されていないが、私は持っている。

 日常の食べ物は一種の「方言」ではないか――。これは私の確信に近い仮説である。自分たちが子供のころから何気なく食べているものをよその地域の人がびっくりするということは少なくない。ソースで言うと名古屋の居酒屋でトマトを頼んだら当たり前にソースがかかっていたし、九州ではチャンポンにソースは常識である。だが、これらはまさにその土地では当然でも他地域では「?」という「方言」と言えるだろう。

 「ご当地ラーメン」と呼ばれるものがある。その中の徳島ラーメンはチャーシューではなく甘く煮た豚肉が入り、生卵を落とす。和歌山ラーメンはサバ寿司と共存している。鹿児島では大根の漬物、もしくはたくあんが必須アイテムである。これらは長い間、その土地の食の方言だった。それが新横浜ラーメン博物館の力と営業努力によって全国に知られ、もはやひそやかな方言ではなくなった。讃岐うどんの「セルフ」も「麺通団」が全国に知らしめた。このように情報化が進むに連れて方言は本来の地方に閉じこもっていられなくなっているのは事実である。

<てんぷらをソースで食べる地域分布>
野菜のてんぷら野菜と魚のてんぷら
関東3.20.9
中京18-
近畿2745
九州2124
(単位%、−は算出不能、カゴメの小林寛久氏作成)

 だが、まだ知られざる方言はあまた存在する。例えばおでんダネ、そしておでんにかけるモノ。すぐ思い出すのは名古屋の味噌おでんだろうが、子細に比較すると「日本おでん地図」の作成は可能なのである。そして実際に新井由己氏はバイクで全国を回り彼なりの「おでん地図」を作り、『とことんおでん紀行』(凱風社)にまとめている。この本はあまり知られていないようだが、むちゃくちゃ面白い。

 私たちの「食べ物 新日本奇行」は、いまだ国民に広く自覚されていない食の方言を解明し、伊能忠敬もなしえなかった全く新しい地図を作ることを目的にしている。体力と時間と金をかけて全国を回って調べるという方法はもちろんあるが、いまはネットという新しい調査ツールがある。これを使わない手はない。

 私は皆さんのご協力を得たいと切に願っている。「忙しいんだよ」などとは言わずに、参加してちょうだい。それが何の役に立つかなどと考えていては、日本はじり貧のままである。デフレ克服などは夢のまた夢である。ここは眼前のテーマを一つ一つ潰して前に進むことによってしか我が国の繁栄は約束されないのである。あんまり難しいことを考えずに質問に答え、斬新なる日本地図を作ろうではないか。

 最初に作りたいのは「完全なるソースでてんぷら地図」である。さきのカゴメの調査で抜けている北海道、東北、北陸、中国、四国も網羅した地図である。

 もう1個調べたいことがある。「紅ショウガのてんぷらが食べられている地域はどこか」ということである。「えっ、よそじゃ食べないの?」と思う人も、「そんなモン食べる人間がいるのか」と思う人も、質問に答えてね。

ある地域では居酒屋で紅しょうがの天ぷらが当たり前のように出てくる
 
この地域ではデパートやスーパーのそうざい売り場でも紅しょうがのてんぷらはおなじみだ
 
紅しょうがのてんぷらは晩ご飯のおかずにも、酒のつまみにもなる

 考えてほしいことは以下の通り。

1)自分が無意識に使っているソースはどんなソースだろうか。

2)自分はてんぷらにソースをかけているだろうか。今はソースではないがソースで食べていたことがある人は、どこに住んでいた時にそうしていたか。

3)紅ショウガのてんぷらを食べているかどうか。今は食べていないが以前食べていた人は、どこで食べていたか。

食べたことはないが、見かけたことがある人は、どこで見かけたか。

 答えは、このページの下にある回答フォームに書き入れ、送信ボタンを押していただく。するとこちらに届く仕組みである。

 寄せられた回答を分析し、ある程度傾向が出た段階で随時地図にまとめ、このサイトで報告する予定である。

 今後テーマになるであろう項目は「ギョウザ巻き」の分布、ラーメンに麩を入れる地域などである。もちろん調べてほしいテーマがあれば、それも教えていただきたい。可能であればどんどん採用させていただく所存である。

 では次回を楽しみに……。

(編集局文化部編集委員 野瀬泰申)

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