特別編

 糸魚川−静岡構造線を行く 本編 13、14日目 岡谷−下・上諏訪−茅野−小淵沢

<写真を拡大>新大久保にある韓国スーパーで買った蚕のサナギの佃煮

 新大久保に行ってきた。コリアン・フード・コラムニストの八田靖史さんと会うためであった。来年1月30日にトークショーをやることになり、その打ち合わせというか顔合わせ。「韓国にはB級グルメという概念がない」とか「韓国も同じ食べ物で地域偏差がある」といった興味深い話をうかがった。

 トークショーは「韓日B級グルメ(仲良し)対決」みたいな内容になりそうである。

 詳細が決まったらお知らせする。興味がおありの方はどうぞ。

 その後、八田さんの案内で新大久保界隈を少し歩いたが、韓国のほとんどの食べ物が味わえるという。打ち合わせの前に、近くの韓国スーパーに行ってみたらこんなものがあった。蚕のサナギの佃煮である。1個198円。八田さんによると韓国では露天で売っており、紙コップに入れてくれるそうである。それをおやつ代わりに食べるのが韓国風。

 サナギとイナゴはあちらでもポピュラーとのことであった。

北京で見つけたバッタ(てれび戦士さん提供)

ご意見 北京の銀座ともいうべき、王府井の小吃街で見つけたサソリとバッタです。いっこうに売れるようすはないのですが、本当に食べる人はいるのでしょうかね? 私は遠慮しておきました。

ほかに蚕のサナギなど売っていました(てれび戦士さん)


北京で見つけたサソリ(てれび戦士さん提供)

デスク、ちょっと自慢 北京のサソリ食べたことあります。揚げに塩ふってシャリシャリ。一緒に言った母と妹もシャリシャリ。戦争末期、京都・峰山の疎開先でイナゴにうんざりだった母いわく「羽がシャコシャコするイナゴより、ずっと良いわ」。サソリと思うから気持ち悪いんで、「陸に上がったエビ」と思えばいいんです。構造、同じでしょ。

野瀬 思えない。

 というわけで、中国でも蚕のサナギを食べる。信州に発した昆虫食の話が東アジアへと拡大した。

 「聞き書 長野の食事」に付録の「月報」が付いている。おそらく昭和61年12月のものであろうが、その中に三橋淳氏(農林水産省林業試験場=当時)が「世界に冠たる長野の昆虫食」という一文を寄せている。

日本の昆虫食の種類は豊富? 写真はイナゴ(左)と蜂の子

 「昆虫が食べられているのは日本だけかというと、どうしてどうして、世界各地に食虫習俗があり、どの国、どの民族も、多かれ少なかれ昆虫を食べていた、あるいは食べている、といえるのである。その中でも日本は種類の豊富さについては群を抜いている」

 「日本は種類の豊富さについては群を抜いている」というところに驚いた。そうだったの?

 ともかく、信州の虫さん好きは人類に普遍的なことであって、特殊なことではないことを確認したい。

バラ族の皆さん(机君のレポートはこちら

 ところで12月5〜6日に八戸で東北B−1グランプリが開かれた。2日間で3万人の入場者を見込んでいたが、ふたを開けてみると4万2000人もの人で会場はあふれかえった。グランプリを獲得したのは「十和田バラ焼き」。バラ族の皆さんの歓喜の声が聞こえてきそうである。

 その模様を豊富な画像を添えて机君がリポートする。東北B−1の詳報はこちら

 では本題。

13日目 岡谷−下・上諏訪−茅野 ビタミンちくわ健在
                上諏訪でソースカツ丼消える

下諏訪に移動。諏訪大社下社秋宮の周辺を歩く

 本日は東京からデスクが介助に来てくれることになっている。早起きした私はシャワーを浴び、十分な朝食をとってデスクを待った。特急「あずさ」でやって来たデスクと駅の改札で合流、電車で1駅の下諏訪に移動した。諏訪大社下社秋宮を参拝して周辺を歩く。川魚専門店でウナギを売っている。飯田の専門店で「背開きで蒸さない」と言っていたので、ここもそうかと思って尋ねてみた。

 「背開きですか?」

 「いえ、うちは腹開きですけど」

歩く歩く(上段)。下諏訪に「旧繭倉庫群跡」(下段左)、メニューに「蜂の子」

 「じゃあ、蒸さない?」

 「蒸しません。関西と同じです」

 ありゃー、また難しいことになってきた。混在がはなはだしい。これは東京に戻ってから岡谷や諏訪の専門店に片っ端から電話して確認するしかないだろう。

 それはともかく川魚の店はお土産屋も兼ねているらしく、鯉のうま煮、塩丸イカ、サナギ、蜂の子も売っている。

この中で食べられないものはどれでしょう?

 近くの食堂の「ポークかつ丼」というのが、サンプルで見る限り、どう考えてもソースカツ丼である。

 御田町の商店街にある食料品店にもイナゴ、ビタミンちくわがある。お土産ではなく、日常の食べ物を置く地元の店にイナゴがあるということは、はやり常食しているのであろう。

 西友にもビタミンちくわ2種、塩丸イカ3種、信州新町系のジンギスカンもあるが、虫さんはいない。弁当売り場に「ソースカツ重」。

食堂に「ポークかつ丼」

 駅前の惣菜専門店にイナゴ。隣の食料品店にもイナゴ。

デスク 昼時の買い物に登場の地元OLさんから「ここのイナゴはおいしいですよ」と勧められました。常温では持ちそうもないので、ここは見送ることに…。

 下諏訪でも漬物材料は極めて豊富である。東京では決して見かけないサイズの油揚げも健在で豆腐も大きい。

 ここから上諏訪まで諏訪湖の景色を楽しみながら歩くことにする。時は秋。天気は快晴。無風。熱くも寒くもない。

上諏訪まで歩く

 3連休直後の観光地は静寂に包まれている。それはいいのだが、飲食店が何軒も「臨時休業」の紙を張っており、取材ができないのがきつい。仕方がないのでただ歩く。

デスク、わき道へダッシュ 「鯉のうま煮」看板を発見。民家の間に大きな生簀。鯉がのんびり泳いでいます。うま煮の真空パック410円。おっちゃんが、「うなボーン」パックおまけしてくれました。東京で買ったら、結構しそう。かじりながら、野瀬さんを追っかけま〜す。

白鳥と亀ボートに見守られ歩く歩く…上諏訪駅に到着

 距離にして4〜5キロだろうか。上諏訪の繁華街に着いた。取り敢えず上諏訪駅に行って地元の「まるみつ百貨店」に入る。地下1階の食品売り場のテナントらしい精肉店に馬刺しがあり、さくら鍋用のスライス肉を売っている。精肉売り場にも馬の燻製が鎮座し、馬肉食文化は果てることがない。イナゴもまだある。

デスクお買い上げ 虫さん缶に閉じ込められていたので即購入。「かいこのさなぎ」(35グラム)525円、「ざざむし」(30グラム)1575円。ザザムシ、ちょっと値が張りますが、能書きには「12月から2月までの厳寒期のみ獲れます」。かじかんだ手で渓流の石をひっくり返して、これだけの量を集めるのは大変でしょう。この値段には納得。

「珍味そろい」デスクお買い上げ

 個人経営と思われる食品スーパーはビタミンちくわと塩丸イカを扱っており、こちらもまだ健在である。

 ところがである。重大な変化が予告もなく出現した。ソースカツ丼をほとんど見ないのである。百貨店の弁当売り場は「煮カツ丼」のみだし、いくつかの食堂を調べたがサンプルにもメニューにもない。

 そこで駅の観光案内所の女性に聞いた。答えて言う。

「ソースカツ丼はここの名産ではありません。ないですね」

 ないの? 下諏訪にあって上諏訪にないの?

 狐につままれたような気分になってホテルへとタクシーを走らせた。運転手さんに質問する。

岡谷ではソースカツ丼と卵とじ型カツ丼に遭遇

 「上諏訪ではソースカツ丼は食べないのでしょうか?」

 「ソースカツ丼は駒ケ根辺りじゃよく食べるよ。上諏訪ではねえ、食べないです」

 ホテルは茅野にある。フロントで中年の女性が仕事をしている。レストランのメニュー写真に載っている、カツ丼はやはり卵とじ型。

 「茅野のカツ丼はソースカツ丼ですか?」

 「ソースカツ丼ていうのは……いや、うちのレストランにあるようなものですよ。そりゃ家ではソース味のも作りますが、店で食べるとなるとソースはないかな」

ソースカツ丼はいずこ?

 ホテルから歩いていける距離にローソンがあった。従業員はこう言った。

「きょうはカツ丼が売り切れましたが、卵とじのものとソースカツ丼を交互に置いています」

 はっきり存在が確認できたのはコンビニのみ。しかもいつもあるわけではないらしい。

 やはり消えたのであろうか。

 下諏訪と上諏訪の間に険しい山も深い谷もなかった、ただ平坦な道が湖岸にそって続いていた。それなのにソースカツ丼が消えちまったのだろうか。

14日目 茅野−小淵沢 うなぎの中間地帯を考える
            県境を超えたらいろんなものが消滅したぜ

茅野駅南口になぜか古墳跡。左の道は旧甲州街道

 果たしてソースカツ丼は上諏訪の地でついに消えたのであろうか。目下の最大の問題はそれである。「だから何なんだ」と言われようと、解明しなければ気がすまない。娘たちよごめんね、こんなお父さんで。

 日付が変わったら、茅野のホテルのフロントには昨日とは別の女性がいた。マスクをしているが私の勘では、私と同世代である。

 「茅野ではソースカツ丼を食べますか?」

茅野でもソースカツ丼を見かけたが、ご新規さんばかり

  「伊那の方のソースカツ丼が有名になったから、売れるだろうと思って出す店が増えているのかもしれません。でも私が上諏訪の高校に通っていた当時、ソースカツ丼なんかなかったですよ。いまもこの辺りにはないと思います」

 この意見は傾聴に値する。いわばブームにのって提供店が周辺にどんどん増殖していく。観光客が来るようなところで「名物」として出し始める。流行に敏感な、というか流行そのものであるコンビニに登場する。そして気が付けばソースカツ丼地帯の様相を呈する。

 では本来のソースカツ丼地帯と新規のそれとをどう見極めるのか。少なくとも10年以上前から出す店があったことを基準に考えたらどうであろうか。

茅野で「いなご佃煮」。「稲子」とは気が利いている

 大町一帯は合格である。駒ケ根・伊那を擁する地域は本場。松本もいけるだろう。長野市にも善光寺参道に有資格と思われる店があった。岡谷も集積度において無視できないものがある。下諏訪駅前にも1軒、該当しそうな店が存在する。

 しかし上諏訪から茅野に至る一帯ではソースカツ丼を見かけても駅のカフェで「新登場!」であり、コンビニに日替わりで並ぶ程度である。年季を感じさせる食堂のメニューには入っていない。しかも古い住人は口を揃えて「ない」とか「なかった」と話している。

「うなぎ」問題も続く…

 こうした事情を勘案すると長野のソースカツ丼は諏訪地方の東半分で欠落していると言えよう。私がたどった行程にあっては「上諏訪で消えた」のである。

 もうひとつが「うなぎ」問題。飯田の専門店で「背開きで蒸さない」という話を聞いたことは何度か書いた。

 今朝、私とデスクは茅野駅前を歩いていて川魚専門店に出くわした。運悪く「本日休業」であったが、ちょうど店の主人が出てきたのでつかまえた。

 「うなぎの調理法は?」

 「うちは背開きで蒸さないんです。名古屋と一緒。うなぎも(愛知県の)一色から仕入れているしね」

蜂の子

 アミー隊員から転送されてきた「ご隠居プーさん」からのメールには「拙者の近所、諏訪を通るのは何時? 背開きで蒸さない鰻を食してくださいね。諏訪湖の美味。出来ればソースカツ丼やぶっこみ、お切り込みも。まーそんなに無理か? 公魚(キス)でも召し上がれ」とあった。

 ということは諏訪では「背開きで蒸さない」うなぎがスタンダードなのであろうか。

 ところが下諏訪の川魚専門店では「腹開きで蒸さない」のである。

 いずれにして東西の混交である。または重複である。

白いご飯にザザムシとサナギの佃煮。食欲そそる!?

 旧東海道を歩いたとき「背開きで蒸さない」という話を聞いたのは四日市であった。津では関東風と関西風が混在していた。あのとき私は旧東海道沿いにおける境界線は浜松・浜名湖辺りではないかと書いた。日本地図に諏訪から飯田を抜けて四日市、津へと線を引き、線の幅を浜名湖まで広げると、中間地帯が描けないだろうか。

 断定するには材料が不足しているけれど、そこに東西うなぎ文化を隔てる南北のベルト地帯があるような気がしてならないのである。

トシのせいかすっかり寒がりのデスク 日本列島の腹巻みたいなものですね。

蜂の子とイナゴもなかなか美味

 ただ、名古屋は基本的に関西と同じく腹開きで蒸さない。関西と違うのは焼くとき頭とひれを取ること。たれのほかにみりんを使うこと。

 であるから中間帯を描いたとしても名古屋だけが独立した島のように浮き上がっていることになる。難しいのお。

デスク そこは虫食いの穴。

 長野県を離れるにあたって、それ以外の項目について少しまとめたい。 

 塩丸イカは松本を中心にほぼ全県に存在し、これが糸魚川からの塩の道によって運ばれていた時代の記憶を濃厚に残している。県内外のメーカーが作っているが、概して生イカより高いのに売れている。

塩丸イカ、ビタミンちくわ、ジンギス、塩の道

 ビタミンちくわは石川県のスギヨの商品に書かれた説明によると同社が嚆矢(こうし)であり、発売は昭和20年代。能登半島で獲れる油鮫の肉を使ったためにビタミンAに富むことから、この名になった。

 しかし実際には愛知県のメーカー製や紀文のものもあって、山間部も含めて普及している。海の魚介類とほぼ無縁に生活してきた静岡県との県境に近い山奥でも、昔からこのビタミンちくわはご馳走であったという。

 ジンギスカンは全県で食べられている。地域的には信州新町系の羊肉ジンギスカンが多数派だが、飯田・下伊那では遠山のジンギスが圧倒的に強い。

ビタミンちくわの由来は…

 年取り魚は「ぶり街道」の残像が松本以南に刻まれている。しかし茅野で興味深いことがあった。茅野駅の観光案内所にいた6人に聞いてみたところ、鮭派とブリ派に分かれた。ブリ派は岡谷や諏訪在住者、鮭派は茅野の「山裏」と呼ばれる山間部に近いところの出身者であった。つまりブリは長野県が山梨県の北端にぶつかろうとする茅野辺りで途切れているようなのである。

 下諏訪で諏訪大社下社秋宮に参詣した。諏訪大社といえば「鹿食免(かじきめん)」のことを思う。諏訪市博物館のHPの中にある「なんでも諏訪辞典」は「獣の肉を食べても、けがれもさわりもないという免罪符のような御符です。諏訪神社上社の神事では鹿の肉を食べたので、参拝者はこれを土産としました」と簡潔に記す。

鹿さん、猪さんも良く描けてます

デスク、財布握りしめ 鹿も猪も1000円。虫さんより安いですね。イラストが結構細かいのも気に入りました。鹿肉のジャーキーは1400円。ちょっと癖があるけど、オイチかったゎ。

 食肉禁忌の時代が長く続いた中で、なぜ敢えて獣肉を神事に用い、それを食べることを許したのか。常識的に考えれば、神社が率先して肉食をすることによって人々の罪悪感を払い、宗教的な禁忌より命をつなぐことを優先したのであろう。あるいは肉食を追認する意味があったのかもしれない。

 明治以前に肉食を公認していたところは信濃だけではない。彦根藩と米沢藩もそうであり、どちらも「薬食い」であった。秋田の鉱山でも坑内で働く人々が馬肉をコンニャクとともに食べることを「薬」として容認していた。しかし鹿食免はもっと広範に肉食を認めたもののように見える。

鹿ジャーキーもありました

 海のない土地で人々は何にたん白源も求めたのか。大豆が採れるところでは、盛岡のように豆腐という形で植物性たん白質を摂取できたろうが、そんな条件がない山間の地では下伊那がそうであったように「山肉」に頼るしかなかったと思われる。その延長線上に鹿食免がある。

 しかし獣肉は猟師でなければ容易に入手できない。であれば日常的には身近な昆虫にたん白源を求めるのは自然である。感想の域を出ないが、旅先の宿でそんなことを考えた。

茅野駅から歩くこと20分、スーパー「ビッグ1」へ

 茅野での観察を続ける。

 スーパー「ビッグ1」茅野横内店。イナゴあり。ビタミンちくわあり。塩丸イカあり。弁当にソースカツ丼。信州新町系ジンギスカンあり。すき焼き用馬ロースあり。馬刺し多数。馬のもつ煮あり。

 西友茅野横内店。ビタミンちくわ2種。塩丸イカ3種。信州新町系ジンギスカン3種。馬刺しあり。カツ丼が「ロースカツ丼」のみ。ソースはなし。

 茅野駅前の惣菜店。ソースカツ丼なし。

ご意見 転勤で茅野市に3年居住している間に食した印象的なものは、
1) 生天の味噌漬け
2) 蜂の子、ザザ虫の佃煮
3) うるか
4) えごまのおはぎ
5) 野沢菜漬け
6) 各種山菜料理
7) 御氷餅(おひょうもち)
8) 松茸ラーメン、ソーメン
 です。3つに絞ろうと思ったのに、ダメじゃん。2)〜4)、および6)は他地域にもあると思いますが、特筆すべきは1)生天の味噌漬けでしょう。
 秋に稲を刈り取った後、田んぼには木製の棚が設置され、わらを敷いた上に木製の型枠が野瀬られます、あらら、のせられます。
 冬場、しぞーかから運ばれてきたであろうテングサを煮出した独特のにおいを漂わせながら、タンクを積んだ軽トラが田んぼに向かい、その型枠に液状の寒天を流し込むのです。
 昼間の数時間しかプラスの温度にならない諏訪・茅野地方は、屋外で天然のフリーズドライができるわけですが、そうなる前に固体に化した寒天(生天)を信州味噌に漬けこんで、ほどよく塩味がついたものをおかずやつまみとして食べるのです。九州のおきゅうとと似ていますか?
 天然フリーズドライを利用した食品は、寒天以外に7)御氷餅がありますが、これも他県に別名であるようですね。
 もうひとつ感激したのは5)野沢菜漬けで、北信が本場とはいえ、各家庭によって微妙に味が違うのが楽しかったです。お家の駐車場には代々受け継がれた漬物桶(?樽?)が置かれていて「今年はタガを絞めに桶屋に出さなきゃ」「ウチはまだ大丈夫」なんて会話が、今ごろ、そこらの奥様方の間で交わされているはずです(apple-aさん)

小淵沢駅到着

 「生天の味噌漬け」は郷土料理。スーパーでは見かけなかった。

 漬物は確かに何を食べても美味かった。

 天国の父ちゃん、安らかに。

 こうして私たちは次の宿泊地である山梨県の小淵沢へと向かった。3両編成の普通電車は次第に高度を上げながら進む。信濃境駅の手前でトンネルをくぐり、深い谷を渡った。いかにも国境が近い印象である。田園が広がり、民家は少ない。この駅まで長野県。やがて電車は峠を越したかのように下り始め、小淵沢に着いた。

「肉(さくら肉)そば」(上)とてんぷらそば

 駅の売店で聞く。

 「イナゴはありませんか?」

 「ありませんよ。山梨県ですから」

 立ち食いそばの店に「肉(さくら肉)うどん・そば」。デスクが注文する。1人で切り盛りする女性は「馬は食べますよ」と言う。

デスク、汁ごくごく ちょっと甘めの下味。汁も甘め。煮ちゃうと、お馬さん結構淡白ですね。

 観光案内所で地図をもらいがてら、てきぱきとした感じの女性に聞いてみる。

メニューに「煮かつ丼」

 「ソースカツ丼はありますか?」

 「こちらのカツ丼は、ただのカツ丼と煮カツ丼の2種類があります。カツ丼と言ったらご飯に刻んだキャベツがのってその上にトンカツね。好みでソースとか醤油をかけます。煮カツ丼は卵でとじたもの。でもカツ丼というと煮カツ丼が出ることもあるから店で確かめてください」

 思い出した。「どんぶり・ライス」の回(へ飛びます)でこの話が出ている。山梨に来た観光客が食堂で「カツ丼」を注文すると、ただのトンカツが丼にのって出てくるので、ときどき悶着が起きるということであった。

スーパーへ向かう途中は一面そば畑

 ソースカツ丼があるかどうかという次元ではなく、県境を越えたらカツ丼自体の位相が激変している。駅前のそば屋で「カツ丼はありますか」と尋ねたら「煮カツ丼ならあります」という答えが返ってきた。

 明日は甲府に行くので山梨の煮カツ丼ではないカツ丼を探して報告しよう。

 駅からもホテルからもスーパーは遠かった。しかも1軒しかない。20分以上歩いてスーパー「やまと」にたどり着いた。

 馬刺しはなかったが「馬もつ」はあった。駅そばの「さくら肉」を勘案すれば、まだ馬肉食地帯が続いていると考えていいだろう。

誤解招かぬよう「肉」にはただし書きが

 イナゴの佃煮もあった。しかしこれにだけPOPが付いていて「従業員休憩室に常備 おいしいですよ」と書かれていて、目下売り込み中の印象。駅の売店の女性は「食べない」と言っていたし。

虫となると張り切るデスク イナゴ、虫さんの仲間ではおいしいです。運動を兼ねて野原を走りまわれば、素材(?)をロハで調達できます。国内自給率100%。健康にもフトコロにもやさしい“デフレ時代のご飯の友”にぴったり!

 漬物材料の豊富さと粉の多様さは長野と変わらない。

 しかし山梨に入った途端、店頭から忽然と消えたものがいくつかある。

 塩丸イカ消滅。ジンギスカン消滅。ビタミンちくわ消滅。鯉のうま煮消滅。

 おおそうじゃった。あっちも更新された

岡谷−下・上諏訪−茅野−小淵沢

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(特別編集委員 野瀬泰申)

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