まだやるの?編 第13回

 水(その1) 「無味無臭」と行かない思い出いろいろ

<写真を拡大>「馬路村の村おこし弁当」は1000円でした

 3週間のご無沙汰であった。「かくも永き不在」は初めてである。事情は年末にご説明した通り。カレンダーの並びと、当連載のリニューアル準備のためであった。

 東京の年末年始は申し訳ないほどに晴れ渡った。北日本や日本海側では大雪になったという記事を読み、テレビのニュースを見て、昭和56年に金沢で経験した「五六豪雪」を思い出した。

 ある朝、玄関の引き戸を開けたら前は真っ白。一晩で古い借家が雪に覆われていたのだが、九州人がそれに気づくまで数瞬が必要であった。

 それから来る日も来る日も雪。職場に向かうために毎朝、スコップでラッセルして道路に出た。休みの日は町内会で雪かきに汗を流した。昼には握り飯の炊き出しがあった。

 雪の捨て場になった公園はあっという間に雪で埋まり、高さ3メートルほどの街灯も見えなくなった。

 雪国の人々は雪と戦うことを強いられる。その仔細は雪のない地域にしか住んだことがない人には想像の外であろう。

こんにゃくの中にご飯、高知県産アユの甘露煮に田芋、特産のユズを使ったデザートも

 昨年末は私にとって久しぶりに「自由」な時間であった。過去10年近く某音楽賞にかかわっていたので、大みそか、後に12月30日の夕方から深夜まで赤坂とか初台方面で過ごしていたが、昨年はその任を降りたため「観る側」に回ることになった。

 黙って観ていればいいっていうのは、ほーんと気楽であった。

 正月といえば京王百貨店新宿本店で開かれる「駅弁大会」。今年も初日に出かけてみた。会場を歩いていて目にとまったのが高知県から初参加の「馬路村の村おこし弁当」。見た目もよく、栄養バランスも良好に思えた。

 そして食べてみると弁当好きにとってはたまらない内容であった。2段重ねになっていて、おかずの部のメインが高知県産アユの甘露煮。大きな田芋が寄り添っている。ご飯の部もご覧の通りの顔ぶれ。特産のユズも随所で活躍していた。低カロリーであって、1食で20品目は摂取できる優れものであった。

「馬路村の村おこし弁当」に付いていた「馬路森林鉄道特別招待券」

 しかしながら食べ終わって考えると馬路村には鉄道が通っていなかったはずである。念のため地図を見ると、やはり鉄道は走っていないし、過去にも走っていなかった。

 するとこの「駅弁」はなんじゃろな?

 パンフレットを読むと「廃線になった旧魚梁瀬森林鉄道を懐かしみ現在走らせている観光ミニ鉄道。その駅で日・祝のみ販売している、馬路村の味わいが楽しめるお寿司です」とある。観光用のミニ鉄道の駅弁でも駅弁には違いないか。ということで何となく納得したのであった。

デスク横から それなら「銀河鉄道999」とか「桃太郎電鉄」「お猿の電車」の駅弁があっても良いような…

 「駅弁大会」は19日(火)まで。申し添えると、横川の「峠の釜めし」は今年も長い行列である。

ただいま成長中

 今回からテーマは水。水というと風呂。風呂で思い出すのが銭湯の「ケロリン桶」である。実は昨年末、ミルフォードさんからメールをいただいた。そのメールによるとケロリン桶には関東型と関西型があって、大きさが違うと書かれていた。

 詳しくはメーカーである「睦和商事」のHPをご覧いただきたいが、ともかく関西型の方がいくぶん小さいのである。それは関西の銭湯では桶で湯船の湯を汲んでかけ湯をするので、小さくないとお湯が入りすぎて重くなるという事情があるらしい。

 来週以降、テーマの水について考えながら、お近くの銭湯にメジャーを持って駆け付けていただきたい。そして周囲の不審の目に耐えつつ、サイズを測っていただきたい。それをメールでお知らせいただくとき、○○県の○○町といった銭湯のおおまかな所在地を記していただきたいのである。

 お分かりと思うが、我々の手で大小ケロリン桶の境界線と飛び地を明らかにしようという非生産的かつ非学問的調査に着手する。

 ご自分で調査せずとも、この手の問題になるとチマヨッテしまうような友人・知人・親戚に依頼することも可能である。

 では本題、となるべきところではあるが「糸魚川―静岡構造線を行く」に関連したメールが届いているので、先に紹介しよう。虫さんの話。

これは秋刀魚の蒲焼…

ご意見 山形県中央部のほとんどのスーパーや土産物店にイナゴの佃煮があります。昭和20年代には小(中も?)学校で「なんごしぇめび(イナゴ採り日)」という日があって、イナゴ採りをしました(僕は1匹も採れなくてメソメソ泣いた覚えがある)。
 山形ではイナゴを茹でてから大きな鍋に入れ弱火でゆっくり煎りつけます。味付けは最後に砂糖と醤油か塩です。カリカリ、ソリソリしてとても美味しい。家庭では土産物のような水飴でからめた佃煮状には作りません。
 昔(戦前)は水中昆虫のゲンゴロウも同じように食べたと父が話していました。
 山形県上山市(温泉で有名、歌人齋藤茂吉の故郷)の駅前にあるショッピングセンター「カミン」内の軽食堂「芳月」に横浜と同じサンマーメンがあります。来歴を聞いたのですが調理のオバちゃんは「知りません。言われたとおりに作っている」だけだそうです。注文する人も多く人気メニューのようです。
 正真正銘の秋刀魚1匹のムニエル(唐揚?)がのっている麺が宮城県女川町にあります。ハーブを上手に使っていて秋刀魚独特の匂いを抑えたおいしいラーメンです。店は「中華料理 三秀」。ただし9月〜11月の期間限定(山形県中央部住人カラハシさん)


 学校をあげてイナゴを採る日があったのなら、あの山形物産展で店の人が「山形はイナゴの本場」と胸を張っていたのも頷ける。

 それから「秋刀魚麺」には驚いた。本当にあったんだ。

ご飯にイナゴ

ご意見 東北でイナゴが食べられていることをご存じなかったのにはショックを受けました。海沿いならいざ知らず、輸送手段の乏しかった昔において山間部ではイナゴは貴重な蛋白源であったと思います。
 わたしは福島県の生まれですが子どものころから普通に食していたものです。それで東京の人間は食べないと聞いて非常に驚いた記憶があります。
 それゆえ以前、アフリカでバッタが大繁殖して飢饉になったというニュースを聞いたとき「食べればいいだろ」と思ったのは事実であります。
 まあ、いくら調理するとはいえ「バッタを食え」と言われたらアフリカの人たちは「日本人は野蛮だ」と思うに間違いはありませんが。
 台湾でもレストランで「コオロギのから揚げ」を出されたことがあります。びびって食べない現地の若者を尻目に平然と平らげ「変な人」と言われました(お名前ありません)


 ショックを与えて申し訳ないことである。しかしながら日本の昆虫食地帯の広さに驚いていることを告白しなければならない。

手ぬぐい

ご意見 私の居住地、福島県会津地方北部でも昔からイナゴを食べていました。子どものころは手拭で作ったイナゴ採り用の袋をもってイナゴ採りをしたものです。
 その後農薬の影響なのかイナゴはほとんどいなくなりました。食べたい人は店で買ってきます。近ごろはイナゴが復活しているようですがイナゴ採りの光景はあまり見かけなくなったようです。
 江戸時代には同じ藩主の時代があったせいでしょうか、米沢と会津には共通する食べ物・言葉が多くあるような気がします。駄菓子の「あんこ玉」、 曲るを「むじる」→曲がり角は「むじりかど」などです(匿名希望さん)


 こうなるとVOTE結果が気がかりである。まだVOTEしていない方はお早めに。

 九州の昆虫食。「あの草」さんからのメール。

こちらはカイコのサナギの佃煮

ご意見 80年代半ばのこと、私は福岡市にある某大学で考古学の学生でした。あるとき、市内の出身高校に恩師の生物教諭を訪ねて雑談中、たまたま話題が佐賀県中央部の某市で教わった、地元のおジイさん連中が集まったときのエピソードに。
 「このごろは、毎日ごっつおぅが食べらるるばってん、かえって子どもんときのごと心から『あーうまかー』いう食べ物がのうなったごとなかね」という話から、「そうそう」「何が一番うまかったかねえ?」と、一同大いに盛り上がった結果、「クリの薪ば割りよるときに、たまに中から出てくる白か虫ば焚き火で焼いたとが最高」。これで衆議一決したというのです。
 「これはいわゆるテッポウムシ、カミキリの幼虫ですか?」と、私が尋ねると、先生、「その通り。あれは美味です。もし手に入ったら、また食べたいなあ」。
 聞いて、私は大いに心動かされました。じつは大学キャンパスのイチジクの木の、カミキリ被害に気づいていたからです。
 数日後、準備を整えて幼虫を10匹ほど採集。その足で高校に行くと、ダンディーなH先生が破顔一笑。「こんなに集めるのは手間だったでしょう。久しぶりだなあ」


 メールはこの後も続くのだが、要約すると理科の実験器具を使って調理したところ「もう最高。冷めないうちに召し上がれ。一度味をしめると生食だって平気」ということになったのだそうである。

デスク、捕虫網片手に ファーブル昆虫記にも「あんな栄養の乏しいものを食べているとは思えない分厚い脂肪」と書かれているテッポウムシを食べるシーンが登場します。「香ばしく、アーモンドの味がする」とか。

 常食ではなかったにせよ、佐賀でも昆虫を口にすることがあったことを、これまた初めて知った。しかもカミキリムシの幼虫である。

 久留米の我が家にもいつも虫がいた。ハエの幼虫や栗の実につく栗虫などであった。だがこれは亡父の釣りの餌であって、人間は食べなかった。

 次に年取り魚のこと。

年取り魚は酢だこ

ご意見 岩手内陸部において年取り魚はなに? と言えば。
 旧伊達藩の地域では、子持ちのなめた鰈(ババ鰈)を珍重し、年取り魚の座にあります。子孫繁栄ということです。
 それに対し、旧南部藩地域ではキンキン(吉次)があたるのでしょうか。これは、紅白の魚ということらしいのですが、一般家庭にとっては、とても高くてお祝い膳とはいえならぶことはなかなか無理です。
 そこでなのか、我家では、おそらく回りも酢だこ(皮身が赤く染めてある)が紅白ということからか、年取り魚の座にあると思います。今でもお節、年取り膳には必ず酢だこが入ります。父が存命のころは、酢だこ1匹を買ってきたものです。いまは太い足1本くらいですか。保存食という意味合いもあるのでしょうか?
 20年ほど前の年末、全国版のテレビ放送に岩手の年取り魚として出たものには絶句しました。
 皮をむいた大根を赤く染め、それを半月に薄く切り、それを並べ鯛を模して年取り魚として神棚に上げるというものでした。流通に難儀した時代、困窮の時代はそうかもしれないですが、今はないだろうと(ござ引きさん)


 ナメタカレイ、キンキン、酢だこ。

 年取り魚は雑煮のように細かなモザイク模様を描いて存在する。が、たこは魚か?

 八戸でキンキンを入れたせんべい汁を食べたことがある。赤い皮に包まれた柔らかで純白の身。祝祭の膳にふさわしい魚であると思う。

本文と関係ありません。ぐんぐん群馬のうんまい牛乳(Poco@焼きまんじゅうさん提供)

ご意見 年末から正月にかけて酢だこが必須なのは群馬特有なのでしょうか? 関東限定? 全国?
 ネットでちらっと調べると、関東限定のような。立派な食の方言では? この時期スーパーや魚屋の店頭にはポリ樽の酢だこが山積みになっております。個人的にはあまり好きではありませんが(Poco@焼きまんじゅうさん)


 自宅がある東京郊外の私鉄駅の周りに5軒のスーパーがある。年末にくまなく回って買い物をし続けたのであるが、どこも生鮮売り場に生だこや酢だこを山のように売っていた。

 ござ引きさんのメールと併せて読むと、東日本に広がる文化ではないだろうか。少なくとも私は九州にいたころたこを食べた記憶がない。もっぱらイカであった。

 チャンポンの具もたこではなくイカの身かゲソ。

 ということでいくらなんでも本題に入らなければなるまい。ではいってみよう。水。

東京の水道水が入った「東京水」

ご意見 私の実家のそばに柿田川(富士山の湧水で水量は東洋一を誇り水道水として利用)があり、また実家の井戸(これもきっと富士山からの贈り物)も生活水として利用していました。
 小学生のころ、近所の井戸水の味が微妙に違うことに感動したり、夏の暑さの中、井戸水のちょうど良い冷たさに思わずがぶ飲みをしたことなどを思い出します。
 水に恵まれていたためか、東京に来てからは水に馴染めず、またペットボトルの水を購入するのも馬鹿らしく、水には苦労しています(静岡を離れて30年の男さん)


 柿田川は静岡県清水町を流れる清流。三島と沼津の間にある。ここには行ったことがないが、富士宮の「湧玉池」の水は同じ富士山のわき水である。飲んでみると実に美味かった。

東京駅東京みやげセンターへ行ってみたのぢゃ

ご意見 拙僧は学生時代に水に関わる研究室に所属しておった。拙僧の同僚は河川の水を採取して変異原性を調べておったが、当時(昭和末期)の水のおいしさ(おいしくなさともいうがのう)における番付は次の通りであったと記憶しておる。
 東正横綱:江戸川水系
 西正横綱:淀川水系
 いずれも生活排水が流れ込んだ水系から飲料水を造っておったので、飲料水にカビ臭さなどの匂いが残っておったのぢゃ。
 「大阪で水道水をつかってウイスキーの水割りをつくったらヘンな味がした」とのことであるが、先ほどの「カビ臭さ」などの匂いの他、日本の水道水はどこで蛇口をひねっても腹をこわさぬように一定濃度の塩素含有が求められておる。
 その結果、原水の状態によっては塩素を大量にぶち込むことになるので「カルキ臭い」水を飲むはめになるのぢゃ。
 浄水場から遠い蛇口でも一定濃度の塩素が求められるので、浄水場近くでも塩素濃度が高い「カルキ臭い」水になるのぢゃ。
 「いまは技術が進んで大阪でも美味い水道水を飲むことができる」と同様に、東京でも「東京水」が都庁舎内だけではなく都関連施設でも販売されておる。身近なところでは東京駅東京みやげセンターぢゃ。ちなみに500ミリリットル100円ぢゃ(瓢箪和尚ぢゃさん)


 拙者は学生時代、ほとんど大学に行かなかったのぢゃ。それでも卒業できたのぢゃ。

 俳優の阿藤快さんが、学部の先輩であることを最近知ったのぢゃ。

 この口調が流行ると困るなあ。

謎の隊員梵ちゃん そうぢゃな。

「京の水道 疏水物語」(いけずな京女さん提供)

ご意見 最近は「水道の水」をペットボトルで、観光記念のお土産用などに売り出す自治体が増えているやに聞いておりますが。
 我が京都市上下水道局では「災害用備蓄飲料水」として、地下鉄構内の自販機で販売しております。その名も「京の水道 疏水物語」。商品名も雅でございますでしょ?
 なお、京都市の水源はもちろん琵琶湖なので、滋賀県人と京都人がケンカをすると、必ず「疏水の水、止めるぞ〜」と言われて負けるのでありました(いけずな京女さん)


 それはどう考えても負けるのぢゃ。

「灯油かよっ!」

ご意見 暇が出来れば全国津々浦々を旅してきましたが、旅先では必ず水道水を飲んでみてます。既に全都道府県(北海道は全支庁)を回りましたが、水道水が美味しいところってあるんですよね。秋田とか熊本とか、他にも色々。地質学的な側面が大きいでしょうか。
 水道水の美味しいところは当然、ご飯も美味しいんですよ。秋田なんて、コンビニのおむすびでさえ違うと思いますし。
 ご飯の美味しいところって大抵は米どころですが、米どころだから美味しいんじゃなくて(=その米は東京でも売ってるし)、水が美味しいからご飯が美味しいんですよね。あ、酒どころとも重なりますか。
 水道水のマズいとこですか? あえて触れません。
かつて、飲んだ途端に「灯油かよっ!」と思った水道水がありましたが、今は多分改善されてると信じたいです(中林20系さん)


 大阪の水も劇的によくなったので「灯油かよっ!」も改善されていることであろう。しかし水とご飯の美味さの関係についてはまさにこの通りであろうと思う。

駅にて(本文と関係ありません)

ご意見 水と言えばビートたけしが激賞した「オロフレ峠の水」というのを飲んでみました。普通の水という感じで、ミネラルウォーターで感じる尖った感じはありませんでした。
 だからなんだと言われればそれまでですが、昔山の湧き水で腹をこわした人間としては「こういうのが湧いていれば腹をこわさずに済んだのに」としみじみ思います(嶋田さん)


 日本では全国各地にわき水があって、広く飲用に供されている。ポリタンクを持った人々の行列を見たら、外国の人々はどう思うだろうか。

「くー、あっついな。“雨”水くれー」と言っているかどうかはわかりませんが、日陰で一休みする?カンガルー親子(本文と関係ありません)

ご意見 オーストラリア全人口の実に80%が住むと言われる大陸の南と東側の海岸ベルト地帯でも上水道が敷設されているのは、いまちょっと数字は手元にないが面積比で一割もあるかないかだと思う。
 水道がなければ生活用水はどうするか? 井戸を掘る、のが当然の答えのように思われるが、実はオーストラリアの地下水の質はほとんど飲用にならない。
 出てくる水は茶色い色をしている、全国的に。場所によっては硫黄のにおいがしたり塩っパかったりとても飲めたものではないのである。
 水道はない、井戸も駄目となれば残る水源は、さよう天から貰い水である。屋根に降った雨水を20トン30トンという巨大なタンクに溜めて、そこからポンプで台所に引いて使用する。
 日本から来た方がこのタンクについて質問される。用途をご説明すると例外なしに「えーっ? 溜めた雨水飲むん? フィルターは? 消毒は?」とご質問になって「え、僕はちょっといま喉乾いてませんから」とおっしゃる。「水って腐るんでしょ」ともおっしゃる。
 雨が降らないでふた月も三月も前に降った雨水を飲むこともあるし、干ばつになると水気を求めて屋根の樋からタンクへ引くパイプの中にミドリ色の雨蛙くんが住み着くこともあるが、いかなる有機物がとけ込んでいても水は水、信じて飲めばどうということはない。
 私が何十年もそうしていただけでなく田舎暮らしのほとんどのオーストラリア人がそんな水を飲んでいると思うと「…皆でわたれば…」はけだし実に名言であったことに気づかされる。ちなみに飲み水に起因する身体的症状に悩まされたことは未だにない(オーストラリアのさんさん)


 沖縄の民家の屋根にも巨大ではないがタンクが置いてある。あれも雨水をためて飲むの?

「タンク=戦車」連想のデスク 断水に備えて水道水を屋上に貯めておくためだそうです。

緑!

ご意見 乾燥した地域では、水の量イコール緑の量。水のチカラを実感しますよ。電車で3時間走っても、なーんもない平原やら岩だらけの土地で、急に木々が群生してると、そこだけ小さな池がポツン、またポツン。オリーブ畑が見えると、広い範囲で水があるんだなって感じ。そんなスペイン内陸部の乾いた風景は、水があってフツーの日本から見ると強烈です。
 ピレネーやシエラネバダの山脈があるから水自体は豊富なんですが、飲めない地域もあるので、行かれる方は十分確認して下さいね(グラナダおば(あ)さん)


 スペインも水問題が大変なのか。

エビアン

ご意見 「水」といえば忘れられないことがあります。エジプト旅行で「ナイルの水」だけは飲まないようにと言われて、ご一緒したツアーのみなさんはかなり気をつけてました。
 最終日、とっても仲良くなった現地側のツアコンさんが「このエヴィアンはナイルの水を精製したものです」とにこやかに話されました。
 え〜〜エヴィアンじゃないのかよと、私は軽く思ったのですが…次の朝、13名のツアー客のうち12名がお腹を壊してしまいました(日本側のツアコンさんまで…アワワ!)
 あっ私はそのなかに入っておりませんが、たまたま持っていたSろ玉糖衣をみなさんに配ったのはいうまでもありません(MAYさん)


デスク、星空見上げ 2008年11月に打ち上げられたスペースシャトルでは、搭載された水分再生システムでおしっこから飲料水を作ったそうです。「かすかに(消毒に使った)ヨードの味がするがおいしい」との評判だったとか。

 このように世界は水で悩み、悩んでいないかもしれないが、ともかく日本の水は世界的に素晴らしいのである。

 しかし日本でも家の外で水を調達するとなると経験と工夫が必要である。


松戸では隣家の水道をお借りし(上)、八丈島では水汲み(DO・塩竃さん提供)

ご意見 毎年夏に1週間のキャンプをしています、人のいない場所を捜し求め私有地をお借りしたり使われなくなったキャンプ場を使わせていただいたりしています。
 生活するために最も重要なインフラが水、どのように確保するかが最優先課題となります。森の中に上水道の蛇口が1本だけ立ち上がってるのが理想なんですけれど、そんな都合のいい場所はありませんよね。キャンプ地に応じて創意工夫で生活用水を確保するのが基本です。

銀山平では沢の水を引いた(DO・塩竃さん提供)

▽飲用に適した沢の水を引く、奥只見銀山平第2キャンプ場。
 10年前に閉鎖されたキャンプ場、100メートルほど離れた沢から水を引きました。最初は恐る恐るでしたが慣れたら誰も購入したペットボトルの水を飲まなくなるほど美味しい水でした。タープ下のテーブルに深山クワガタが訪れてくれる程の大自然。

戸隠で小川の水を濾過(DO・塩竃さん提供)

▽小川の水を濾過する、長野県の水源地の直下、戸隠。
 導通管の原理で小川の上流から水を引いて立ち上げ、キメの細かい布で腐敗した枯葉などを濾して工業用活性炭で濾過します。透明で無味無臭の水になります。殺菌工程がないので飲用に煮沸します。そのまま飲んでも誰もお腹を壊しませんでした。
▽水を汲みに行く、八丈富士麓。
 なんにもないときはこれしかありませんね。
▽隣家の水道をお借りする、松戸。
 70メートルほど離れた隣家の水道をお借りしてホースで引き込みました。
▽おまけ トイレは穴を掘るだけなんで簡単ですよね(DO・塩竃さん)


 酒の入手方法が書かれていないのが残念である。ああ、持って行くのか。

アミー隊員 沢から引いてきたり、酒汲みができたりするといいですね。

 3週間も空いたので恐ろしく長くなってしまった。ここまでよくぞ読んでくださった。

 それでは引き続き「水」メールを待つ。それとケロリン桶をお忘れなく。

 おおそうじゃった。あっちも更新された

(特別編集委員 野瀬泰申)

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