特別編

 糸魚川−静岡構造線を行く 本編 15、16、17日目 小淵沢−甲府−身延−富士宮

<写真を拡大>週末は富士宮

 新宿を歩いていたら山形県の物産展をやっていたのでのぞいてみた。特に驚くべきものはなかったが、ひとつだけ目にとまったのが「イナゴの佃煮」であった。

 「山形だろ? 長野じゃないだろ?」と独白の後、店主に聞いた。

 「山形でもイナゴを食べるんですか?」

 「そりゃ食べますよ。山形、秋田、宮城も食べるけど、イナゴの本場は山形だね」

 山形が本場であるかどうかはともかく、東北でもイナゴを食べるようである。

 新潟県西部生まれのO君も、子どものころは虫さんを食べていたと言っていたから、日本の昆虫食地帯は私が思っていたより広いらしい。

 そして週末は富士宮。もう何回行ったか数え切れなくなったが、あの町から見る富士山はいつも美しい。そう言えば椎名誠さんが週刊誌の連載で「日本の3大名物は富士山と桜と八戸せんべい汁」と書いていた。エッセーのツカミとしては秀逸である。笑ったね。

 富士宮では愛Bリーグの会議が挙行された。法律問題がいろいろとあって、専門家の知恵を借りながらマジに話し合った。

このような名刺

 そのときいただいたのがこのような名刺である。これから使う機会が増えそう。

 夜はイノシシ鍋で飲み、場所を変えて富士宮やきそばとチーズという取り合わせであった。カラオケで歌ったような記憶がかすかに残っている。

 いまのうちに書いておかなければならないことがある。

 小社は来年春に電子新聞を発刊する。発刊という言葉がふさわしいかどうかわからないけれど、ともかく日本の新聞業界としては初の本格的な有料電子新聞がスタートする。

 その準備も最終段階を迎えているが「NIKKEI NET」をはじめ、パソコン上で読めるサイトが再編される。当然、本連載も対象になる。

 その際、コンテンツのリニューアルは避けて通れない。いま関係者を交えて方向性を検討しているところである。システム開発の問題も絡むから、なかなか難しい面がある。

富士宮で「みるくラーメン」

 このため年末年始をはさんで3回休載する。再開は2010年1月15日となる。休載している間に次のコンテンツを決めようと思う。

 ただし(1)テーマは日常の食べ物
 (2)皆さんとの双方向
 (3)リアルとの連動

 という基本は変えないつもりである。

 そんな訳で、少し時間をちょうだいしたい。

 ここで次のテーマの話。「水」である。つかみどころがないかもしれないが、これなくして人間は何日も生きられない。

 日本は飲める水がどこででも手に入るから、ふだんは余り意識しないが、外国に行くとミネラルウオーターしか飲んではいけないなどと言われることがある。

 水で思い出すのが「鉄管ビール」という言葉。無論、水道水のことである。こどものころ夏の昼下がり、大人が蛇口に直に口をつけて水を飲み「あー、鉄管ビールは美味かー」と言っていたのを思い出す。本物のビールは高くて飲めないから、こんな言葉で自分を納得させていたのだろうか。

次回のテーマは「水」

 初任地の大阪で水道水をつかってウイスキーの水割りをつくったらヘンな味がした。そのころの大阪の水道水は消毒過多気味であった。いまは技術が進んで大阪でも美味い水道水を飲むことができる。

 皆さんの水の思い出や日々の中での水にまつわるお話を読ませていただきたい。

 そうだ、正月には若水を汲むではないか。

 連載をお休みしている間に、おいおい考えていただけると嬉しい。

 本題も今回が最終回。駆け足の旅であったため観察は十分とは言えなかったが、いくつかの収穫もあった。山梨県から静岡県へと入り、旅を終える。

15日目 小淵沢−甲府 甲州風カツ丼を食べる
   「鳥もつ煮」も食べる

煮かつに馬刺し

 昨日は小淵沢で年取り魚の取材をする時間がなかった。そこで朝のうちにこれに取り掛かった。デスクと分担して聞きまわる。

デスク深呼吸 晴天。高原の朝の空気がひんやりして気持ちイイですぅ。

 小淵沢駅前の北杜市小淵沢支所の窓口にいた3人に尋ねた。1人は即座に「ブリです」と言ったものの、1人は首をかしげ、もう1人は黙っている。面倒なことを聞いたのがいけなかったのだろうか。

 近くの銀行支店から出てきた若い行員に尋ねた。

 「どうなんでしょうね。山梨県民は魚に弱いですから」

 スポーツ用品店の60代と思われる女性。

小淵沢駅に「すずむしのいえ」

 「ブリとか鮭とかいろいろあると思うけど、うちは大型の目刺しです。尾頭付きね。隣の魚屋に年末になると箱入りで並びます」

デスク、店内覗き込み 店頭ポスターのイチローが、異常に若いです。

 その鮮魚店は休みか開店前で取材できず。

 観光案内所には前日と違って60代らしい男性がいた。

 「この辺は決まっていないです。お田植えのときに身欠きニシンを食べたりはしますけど」

 ついでにいくつかのことについて尋ねた。

 「イナゴ、蜂の子は昔、捕りに行ったことがあります。でもいまは飛ばないでしょう。でも蜂の子を捕りに行っている人はいまでもいますね。馬? そこの肉屋に売っています。鯉のうま煮は佐久とか信州のもので、こちらにはありません」

忘れないうちにメモメモ

 ブリは山梨県との県境に近い長野県茅野市において鮭にぶつかる形で消滅した。それが高原を越えて山梨県に入った途端、「決まった年取り魚はない」地帯になった。やはりブリはついに県境をまたぐことができなかったのである。

デスク これから中央本線で甲府まで移動します。柔らかな秋の日差しが降り注ぐ景色が、車窓に流れていきます。山間にポツポツ見えていた民家が、やがて連続するようになります。四角い建物が多くなってきたと思ったら、「次は甲府」の車内アナウンス。諏訪から小淵沢までのどかな風景だっただけに、「都会」という雰囲気デス。

 小淵沢を後にして甲府に入った。コーヒー専門店で休みながら私と同年代らしいマスターと話す。常連客の女性も加わった。

 「年取り魚ですか。決まりはないですね。甲府は魚に弱いですから」。小淵沢の銀行員と全く同じ言葉だった。

 「蜂を捕りに行く人はいますが、家庭の食卓に上ることはありません。鯉も食べませんねえ。えっ? ビタミンなんですって? ビタミンちくわ? 知らないなあ。シオマル? シオイカ? 塩丸イカですか。初めて聞きます」

甲府駅前の武田信玄像

 地元百貨店の岡島に行く。地下1階の食品売り場には煮貝が並ぶ。往時、静岡県と結ぶ往還を通じて運ばれてきた鮑の醤油煮が甲府の名物になっていまに残る。鮑はチリ産が中心だが、それでも1個数1000円の高級品。主として贈答に用いられている。干した「うば貝(ホッキ貝)」もある。昔は酒の肴やおやつ代わりにしゃぶったものというが、いまは出しを取る高級な食材の位置。

デスク うば貝、10個化粧箱入りで5000円!ご進物・ご贈答用とのこと。「たかが貝なのに、ちょっとタカイんじゃないか」と思いましたが、店員さんの話を聞いて納得。

 歩いてスーパーの「イッツモア」にたどり着く。惣菜売り場にトンカツがある。最初からソースをまだらにかけて白ゴマを散らしたもの、ソースだけのもの、なにもかけないものの3種類が並んでいる。長野県でソースにくぐらせたソースカツ丼を見続けた目からすると、ソース味にしたいのかしたくないのかと聞いてみたい気持ちになる。

 ここにも鮑の煮貝があった。チリ産で2個5000円、3個7000円。

カツいろいろ

 よく見るとそばには貝類がどっさり置いてある。「やわらか煮貝」は鮑ではなくケツブ貝を醤油煮したもの。ツブ貝、ハマグリ、赤貝、シジミ、アサリと種類は極めて豊富である。いずれも醤油煮であることを考えれば、鮑の煮貝を本家としながら、値段が手ごろな貝類を手当たり次第に醤油煮にした印象である。いずれも300グラム798円であった。

 馬刺しは健在。そして漬物材料も粉類も長野同様豊富な品揃え。

 昼ごはんは駅前のトンカツ専門店「力(りき)」でとる。私は「(甲州風)かつライス丼」(800円)を、デスクは「鳥もつ丼」(900円)を注文する。

「(甲州風)かつライス丼」

 この「かつライス丼」こそ、小淵沢の観光案内所で聞いていた山梨のカツ丼の1形態である。もっとも簡便なものはご飯の上に刻みキャベツを置いてカツをのせただけのもの。カツに味はついていない。ソースまたは醤油を好みでかけて食べる。いま私の目の前にあるのは少しばかり豪華なもので、ご覧のようにポテトサラダも加わっている。カツは揚げたままでなにもしていない。つまりカツライスの皿の中身を、ご飯の上に移動させたのである。

 テーブルの壷に入ったトンカツソースをかけ、カツを1切れずつ丼の蓋に移動させて、ご飯をすくう隙間を作りながら食べ進んでいく。

 カツの下に埋もれた刻みキャベツは大量であった。カツライスについてくるキャベツと同量なのであろうか。ご飯と一緒に口にいれるとご飯を食べているのか、キャベツを食べているのかわからなくなる。そこで初心者はソース味のカツを噛み、キャベツで口直しして温かいご飯を放り込むという手順を踏んだ。

「鳥もつ丼」

 デスクが食べている「鳥もつ丼」は昭和25年ごろに市内のそば店で考案された酒の肴「鳥もつ煮」を丼の具にしたものである。鶏レバー、砂ずり、きんかん(内卵)を甘辛くしっかりと煮たもの。ただの煮物ではない主張のある食べ物になっている。

デスク、調理場覗き込み 臭みを抜くために塩水で洗っているそうです。レバー臭さ抜くのに牛乳につけるのが一般的かと思いましたが、「先代がいろいろやりましたが、これが一番です」とのこと。確かに牛乳だと洋風になるからでしょうか。

 それはともかく、信州から甲州にきて、カツ丼がこのように一変したことに感動する。デスクが東京に戻り、私はひとりで「みなさまの縁をとりもつ隊」の主要メンバー3人と夕食を共にした。鳥もつ煮を使って甲府でまちおこしを始めたグループである。隊員10人全員が若手市役所職員のボランティアというのが特徴で、昼間は公務員、夕方以降の隊員の仕事は市民としてこなしている。

 現在は愛Bリーグの関東支部会員だが、来年は本部会員になって厚木のB-1グランプリに挑もうと考えている。その話は別にして、3人から興味深いことを教えてもらった。

鳥もつ煮

 「魚に弱い」という甲府市民の中で、不動の人気を保ち続けている魚がある。キハダマグロである。飲み屋で「ブツ」とあったらキハダマグロのぶつ切りのこと。3人は生ビールを前に、当然のように鳥もつ煮とブツを注文した。

キハダマグロが好まれるのは、マグロの中で最も脂が少なく、静岡方面から時間をかけて運ばれてきても色が変わらないからという。クロマグロやバチマグロの切り身は、テーブルに出てきてしばらく放っておくと黒く変色するが、なるほどキハダマグロのブツは長い時間手をつけなくても切ったばかりのような色を保っている。

 「甲府の卸売市場に30匹のマグロが並んだとすると、そのうち25匹はキハダマグロです。それくらい甲府市民はこのマグロを食べます」

ご意見 (山梨の)うな丼、牛丼、定食にはセットメニューがオプションであり、セットにするとマグロの刺身がつきます。焼肉定食にマグロの刺身、カツ丼にマグロの刺身は山梨人には普通です。
 身延線の山梨県南部町まで富士宮やきそばが昔からあります。かつて駿河湾から山梨へと行商のおばさんたちが商品を売りに運んだ名残りだそうです(富士宮やきそば学会IT推進担当、宮サン)


 このメールに登場するマグロがキハダマグロであろう。山梨のキハダマグロ、覚えておこう。

 そして彼らは言っていた。

甲府で「ほうとう」は当たり前

 「甲府市民はアサリが好きですよ」

 長野では日本海側から塩とともに運ばれていたブリや塩丸イカがいまも食卓に健在である。同じように太平洋側から塩と一緒にやってきた海の幸「煮貝」が甲州の名物であり続け、その延長線上で貝類が特異な地位を占めている。

 流通というより交易といった方がいいような時代の残像が、信州にも甲州にも刻まれているのである。

 そして年取り魚についての彼らの意見は一致した。

 「甲府には特定の年取り魚というものはありません」

 私は長い間、日本の年取り魚はおおむねブリか鮭であろうと思っていた。しかし今回の旅で、その浅はかさを知った。どちらも手に入らなかった地域のことを考えていなかったのである。塩サンマという所があり、目刺しという人がいて、年取り魚はないという地域が存在する。そのことをこの目で学んだ。

 薬味のネギは白が基本。青いところが少し混じる程度。

16日目 甲府−身延−富士宮 身延でネギ激変
   富士宮がサンマーメンの西北限!

身延に行こう

 甲府駅の観光案内書で身延線沿線のパンフレットをもらった。コーヒーショップでお茶しながら読む。

 どうしたらいいのだろう。富士宮まで飲食店やスーパーが集まる地点がない。パンフに出てくるのは温泉とトレッキングのコースばかりで、しかも○○駅から車で1時間とか10キロとかいう表示ばかりである。少し期待できそうなのは身延山久遠寺がある身延駅周辺だけらしい。身延にはもともと行く予定であるが、途中下車して取材するポイントがみつからない。

 「仕方ない。直接身延に行こう」

富士川

 と思って切符を買い、時刻表を見ると日に数本しかない特急の発車時間。重いリュックを背負い、途中でもらったパンフ類でいっぱいになっているトートバッグを持ってホームへと走った。本当に走った。スピードは出ませんでしたけど。

 発車のベルが鳴る中を「駆け込みたいらしい乗車」をして、どうにか間に合う。

 車窓から見える景色は絶景の連続と言ってよい。民家少なく、ほとんどが無人駅。途中で降りていたら大変なことになっていたであろう。

 特急は偉い。ほどなく身延駅に着いた。某女性タレントが覚せい剤をどうしたこうしたという事件があったとき、彼女がこの辺にいるらしいという情報をもとにやってきたテレビリポーターが「何もない所です」を連発していたが、何もないと言っては失礼である。少しはある。

身延駅へ到着

 駅前のタクシー・観光案内所でスーパーはないかと聞いてみたら、そういうのはないんだよねーと言われた。しかし久遠寺への参詣道の始まりにして、身延山への登山道の始まりである。商店街と言える町並みが少しある。

 スーパーがないならその辺の店や通行人が頼りである。まず駅正面の「お食事処」のメニュー写真で見えるネギは「青」。生徒を引率中の小学校の女性教諭は「年取り魚? 身延に嫁いできましたが、こちらの義母は新巻鮭を整えます。魚屋さんにも年末に箱入りで並びますよ。薬味のネギは青いですね。でも白いところも混ぜるかな」

 食料品店で店番をしていた60代の主人。

「馬刺し」の張り紙

 「鮭もブリもあるけど、鮭が多いかな。新巻鮭が並びますよ。薬味のネギは白いね。青いところは捨てちゃう。葉ネギ? 使わない。そうそう、雑煮に白ネギを入れて煮るね。斜め切りにしたやつ」。この店の店頭に「馬刺し」の張り紙がある。まだ馬は走っている。

 70代と思しき電器店主。

 「年取り魚は決まってないです。特にないよ。ネギは東京ネギとは違うこっちのネギ。青と白が半々だから混ざるよ」

 ビジネスホテル兼居酒屋の主人。

 「正月は鮭だね。新巻鮭。ネギは青白が混じるというか、葉を少し入れる。ポリタンクの色? うちは白だよ。青とか赤は見たことない」

身延でネギは青

 甲府から富士川に沿って南下した身延町で年取り魚が復活した。逆に言うと山梨県の北部は年取り魚空白地帯、身延以南は鮭なのか。

 コンビニという名の個人商店に並ぶ麺類のネギは全て青であった。年取り魚同様、身延で色に変化があった。

 昼時になったので身延駅の待合所で立ち食いそばを食べた。ネギの色を見るためである。そして出てきたそばに山盛りになっているネギは、見事な青ネギであった。

 富山の青ネギ文化と接する糸魚川周辺で始まった青白混合は松本まで続き、その南の伊那谷で白くなった。松本から離れて諏訪方面に来るとやはり白が圧倒し、山梨県に入っても甲府まではその状態であった。

 だが身延で劇的に青に変わったのである。

 この先の富士宮が青ネギ地帯であることは旧東海道を歩いた折に検証済みだし、太平洋に面した富士市から西に本格的な青ネギ文化が広がるのも見ている。

富士宮には「ミルクうま煮ラーメン」もありました

 山梨県身延町こそ、ネギの色と年取り魚の南北の境界であろう。

 取材を終えて駅に戻ると、さっきの小学校の先生がいた。同僚と3人で子どもたちを引率している。

 「この辺にイルカはいますか?」。

 「学校給食で出たことが……あれはクジラか」

 「サンマーメンを知っていますか?」

 「サンマメン? サンマですか?」

 富士宮でサンマーメンに合おう。イルカはいたっけかな?

17日目 富士宮

いざ!富士宮へ

 身延線の特急で富士宮へ行き、富士宮やきそば学会の渡辺会長、東京からやってきた愛Bリーグ事務局長の俵さんと合流した。この顔ぶれだと、ほっておいても愛Bリーグ関連の会議になる。コーヒーショップで会議。お宮横丁に移動してまた会議。

 取材する時間がないが、富士宮はすでに取材済みという感じもするので焦らない。念のためジャスコに行く。

 ネギのコーナーにわけぎ、葉ネギ、青ネギ。白ネギは別コーナーのニラの隣である。馬刺しは真空パックのものがあったが、探さないと目に付かない。イルカなし。イナゴもいない。

 PB商品の「味付け 関東風いなりあげ」がある。無論、俵型である。

ネギは青(上)、馬刺しは探さないと…

 街中の食堂や中華の店には当たり前のごとくサンマーメンがある。

 サンマーメンは市の西を流れる富士川を渡ると消滅する。北の身延町にはない。ということは富士宮がサンマーメンの北西限ということになる。

 富士宮に行かれたら、やきそばとともに北西限のサンマーメンを食べることをお薦めする。飲み屋で自慢できることであろう。

 会議の合間に渡辺さんに聞いた。

 「富士宮の年取り魚は何ですか?」

 「決まってませんよ、この辺は」

サンマーメンは当たり前

 うーん、決まっていないのか。身延で鮭になったのではなかったか。甲府と同じか。

 再び考える。年取り魚って何だろう。ブリと鮭が2大巨頭であることは間違いないにしても、両者が手に入らないところ、あるいは昔から親しまれた別の魚があるところでは、当たり前だが、ブリでも鮭でもないものが登場する。または年取り魚そのものに拘泥しない。ただそれだけではないのか。

 山間部で塩サンマや目刺しが年神を迎える膳にのり、秋田ではハタハタ。沖縄では魚ですらなく「豚正月」である。

 富士宮は駿河湾が近く、様々な魚が手に入った。無理をして北海道や新潟から鮭を、北陸や九州からブリを手に入れる必要がなかったということであろう。

 書けば簡単なことだが、自分の足と目で確かめてみると納得感が違う。

 旅をしてよかったとしみじみ思いながら、また3人で酒を飲んでしまったとさ。

 岩本さん、よう頑張らっしゃったね。これからもよろしく頼みますばい。関西の虫好きさん、その資料目は通しています。ありがとうございました。それでは皆さん、よいお年を!

 次のテーマは「水」だよー。

小淵沢−甲府−身延−富士宮

・東海道暴れ食いはこちらからご覧いただけます。

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(特別編集委員 野瀬泰申)

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